値下げには賛否があります。「安売りは体力を削るだけだ」という意見はもっともですし、実際そのとおりになる会社も少なくありません。
ただ、この議論はたいてい一つの前提を飛ばしています。その値下げの原資は、どこから出しているのかという前提です。
利益から出しているなら、それは消耗です。しかし、業務を効率化して生まれた「空き時間」から出しているなら、話はまったく変わります。すでに給料を払っている社員の、空いている時間を使って受ける仕事は、他社より安く出しても採算が合うからです。
この記事では、社内の効率化で余力をつくり、その余力の範囲で価格を武器にして新規案件を取りにいく、という考え方と手順を整理します。値下げを「損失」ではなく「営業活動」に変える話です。
なぜ、多くの値下げは消耗戦になるのか
失敗する値下げには共通点があります。先に価格を下げて、後から頑張って辻褄を合わせようとすることです。
順番が逆になると、こうなります。安くした分を取り返そうと受注を増やす。現場の仕事量が増える。残業でしのぐ。残業代でコストが上がる。利益がさらに薄くなる。品質が落ちる。選ばれていた理由が消える。
これは価格が悪いのではありません。原資がないまま価格を動かしたことが問題なのです。値下げの原資は、気合では生まれません。気合で生まれるのは残業だけです。
正しい順番は逆です。まず社内の仕事のやり方を変えて余力をつくる。既存の価格には手をつけず、その余力で受ける新規案件にだけ、価格を武器にする。
「余力」とは、効率化で空いた時間のこと
ここでいう余力は、抽象的な体力の話ではありません。次のような、時間と人員の具体的な空きを指します。
- 作業の標準化やテンプレート化で短くなった、1案件あたりの工数
- 二重入力や転記をやめて浮いた、事務作業の時間
- 手待ちや繁閑の差で、もともと稼働していなかった時間
- ツールや外注の見直しで、社員が本業に戻れた時間
ポイントは、この時間分の人件費を会社はすでに支払っているということです。社員が手を動かしていてもいなくても、給料は発生します。
だからこの空き時間で仕事を受ける場合、追加でかかるのは材料費や外注費といった、その案件に固有の費用だけです。会計の言葉では「限界利益」と呼びますが、難しく考える必要はありません。要するに、空いた時間で受ける仕事は、追加でかかる分さえ上回っていれば、会社の利益はプラスになるということです。
だから、余力でやる仕事は安くできます。しかもそれは、無理をしているのではなく、構造として安いのです。
たとえば、ある制作会社で考えてみます
仮に、社員10名の制作会社があるとします。1件の案件に平均20時間かかり、社内で見ている時間あたりの目安単価は5,000円。標準的な受注価格は10万円で、月に10件、合計200時間を回している状態です。
ここで、次のような社内改善に取り組んだとします。
- よく使う構成を型として整備し、毎回ゼロから作るのをやめた
- 修正のやり取りをメールから一元管理に変え、探す時間を減らした
- 確認と承認の手順を決め、差し戻しによる作り直しを減らした
結果として、1案件あたりの工数が20時間から14時間になりました。6時間の短縮です。
既存のお客様の価格は、下げません
ここが肝心です。既存案件は10万円のままです。値段は据え置いたまま、かかる時間だけが14時間になったのですから、1件あたりの利益はむしろ増えています。効率化のご褒美を、まず自社で受け取る形です。
そして、6時間 × 10件 = 60時間。手が空いた時間が、月に60時間生まれました。
空いた60時間で、新規案件を取りにいく
この60時間で、新規案件を1件14時間として4件ほど受けられます。ここで、新規のお客様には7万円で提案したとします。
このとき、会社に何が起きているかを整理します。
- 既存の売上:10万円 × 10件 = 100万円(従来どおり)
- 新規の売上:7万円 × 4件 = 28万円(まるごと上乗せ)
- この60時間分の人件費:すでに払っている(効率化前も200時間分の給料は発生していた)
つまり、7万円という価格は、既存の10万円を値引きしたものではありません。もともと空いていた時間から生まれた、追加の売上です。この案件で追加でかかるのは、材料費や外注費など案件ごとに発生する費用だけですから、7万円の大半がそのまま利益の上乗せになります。
売上も利益も、増えているのです。
効率化していない会社が、同じことをすると
比較のために、効率化していない会社を考えます。1件20時間のままで、すでに200時間が埋まっています。
この会社が同じ4件の新規案件を受けようとすると、80時間の仕事を新たに抱えることになります。空きがないので、原資は残業か休日出勤しかありません。時間外労働には割増賃金がかかりますから、同じ4件を10万円で受けたとしても、増える売上より増えるコストのほうが大きくなり、利益が減ることすら起こります。
しかも現場は疲れ、納期は詰まり、既存のお客様への対応が薄くなります。「忙しかったのに儲からなかった」という決算は、だいたいこの構造から生まれます。
同じ新規案件でも、片方は7万円で利益が増え、もう片方は10万円で利益が減る。差をつくったのは営業力でも根性でもなく、社内の工数です。値札は一日で真似できますが、業務のやり方は一日では真似できません。
この値下げが「営業活動」になる理由
余力を原資にした値下げには、単なる安売りと決定的に違う点が三つあります。
1. 現場が壊れない
余力の範囲で受けているので、既存のお客様への納期や品質にしわ寄せがいきません。安くして忙しくなり、そして評判を落とす、という最も切ない負け方を避けられます。
2. 続けられるので、仕組みになる
一時的な出血ではなく、コスト構造に裏づけられた価格です。既存の売上を削っていないので、体力が減りません。同業が同じ価格を出そうとすれば、同じだけ社内の工数を落とすところから始める必要があります。
3. 新規開拓の入口として使える
新規のお客様にとって、初めての取引はリスクです。品質も対応も、実際に頼んでみるまで分かりません。ここで価格が下がっていれば、試してもらうハードルが大きく下がります。
つまりこの値下げは、値引きというより新規獲得のための費用です。広告を出す代わりに、価格で一件目を取りにいく。そう位置づけると、管理の仕方も変わってきます。
実行手順:余力を原資に、新規案件を取りにいく
考え方が分かっても、順番を間違えると結果が変わります。実行の流れを整理しておきます。
手順1:効率化して、余力を時間で測る
まず社内改善が先です。そして「なんとなく余裕ができた」で終わらせず、月に何時間空いたのかを数字にします。測れない余力は、使えない余力です。
手順2:使ってよい枠を決める
月に何時間まで、あるいは何件まで、この価格で受けるのかを先に決めます。枠を決めない値下げは、いつのまにか全案件に広がります。空いた時間は、放っておくと勝手に会議で埋まりますし、安い価格も放っておくと勝手に標準価格になります。
手順3:対象と条件を絞る
誰にでも適用しないことが重要です。
- 新規のお客様の初回案件に限る
- 標準仕様、標準納期の案件に限る
- 効率化が効いている、得意な業務の型に限る
- 適用期間や件数を明示する
条件を明示しておけば、既存のお客様に説明できます。「新規初回のみ」と最初から言ってあれば、値引きではなく制度になります。
手順4:入口価格の「出口」を設計する
安く入ることの目的は、安く売り続けることではありません。二回目以降は通常価格に戻す、追加業務や保守は通常価格で提案する、といった出口を最初に決めておきます。
そのためには、一件目でしっかり評価されることが前提です。安く受けた案件こそ、対応を丁寧にする。ここを手抜きすると、安いから頼まれただけの会社で終わります。
手順5:営業費用として数字で管理する
新規獲得のための費用として見るなら、効果も数字で見ます。
- この価格で受けた新規案件の件数
- そのうち、二回目の依頼につながった割合
- 通常価格に戻した後の継続率
- 一件獲得あたりに要した値引き総額
続けるか、条件を変えるか、やめるか。判断材料はこの数字です。感触ではなく、記録で決めます。
注意点
この進め方にも、外してはいけない前提があります。
- 効率化が先、価格は後。 順番を逆にした瞬間、これはただの安売りに戻ります。
- 既存のお客様の価格は下げない。 安く出すのは、余力で受ける新規案件だけです。既存分まで下げてしまうと、効率化で増えたはずの利益をそのまま手放すことになります。
- 余力を超えたら受けない。 枠を超えた分は残業で対応することになり、そこから先は追加コストが発生します。安い価格のまま余力の外に出ると、一件ごとに赤字が積み上がります。
- 既存のお客様への説明を用意する。 同じ仕事なのに価格が違えば、当然の疑問が生まれます。条件の違いを一文で説明できる状態にしておいてください。
- 原価を下回る価格を続けない。 著しく安い価格での継続的な販売は、法令上の問題になる場合があります。継続的に採算割れの価格を出す前に、専門家に確認してください。
- 業種によって余力の性質が異なります。 設備型の事業では空き時間の意味が変わりますし、人が全員フル稼働している状態では、そもそも原資がありません。自社の実際の工数と単価で計算し直してください。
まとめ
価格勝負そのものは、悪い戦い方ではありません。問題は、原資のない価格勝負です。
社内の業務を効率化して余力をつくる。既存のお客様の価格はそのままに、空いた時間で受ける新規案件だけ、安い価格で取りにいく。そこで信頼を得て、二回目以降は通常の価格と通常の付き合いに戻す。この流れができれば、価格は損失ではなく、他社より安く提案できる仕組み、つまり営業活動そのものになります。
今日できる第一歩は、主力業務の1件あたり工数を測ることです。20時間かかっている仕事を14時間にできたなら、浮いた6時間が、次の新規案件を取ってくるための原資になります。安い見積書を出すのは、そのあとで構いません。

ミタスサポート事務所代表。富山県で中小企業向けに経営とIT支援を行っています。
中小企業診断士/ITストラテジスト/情報処理安全確保支援士。
確かな知識と実務経験を元に、役立つ情報を随時発信中。
小さな事業者向けに小回りの利くITサービスやサイバーセキュリティ対策に力を注いでいます。
