「ライバルのA社がインスタグラムを始めたらしい。ウチもやろう」 「同業のB社がポイントカードを導入して売上が伸びたそうだ。ウチもやろう」
経営の現場では、こうした「ウチもやろう」という言葉が、実によく飛び交います。
もちろん、他社の動きにアンテナを張ること自体は、とても大切なことです。世の中の変化に気づかず、気がつけば自社だけ取り残されていた……というのは避けたい事態です。
しかし、ここに一つの落とし穴があります。それは、「他社がやっているから」という理由だけで同じことを始めても、たいていうまくいかないということです。
ダイエット器具を買ったものの、いつの間にか立派な洗濯物干しになっている。そんな経験はないでしょうか。「友人が痩せたから」という理由で買った器具が活躍しないのと、「他社が成功したから」という理由で始めた施策が定着しないのは、実はよく似た構造を持っています。
今回は、なぜ「真似るだけ」ではうまくいかないのか、そして他社の事例とどう付き合えばよいのかについて、できるだけわかりやすくお話しします。
見えているのは「氷山の一角」だけ
うまくいっている他社の取り組みは、外から見るととてもシンプルに見えます。
「SNSで毎日投稿しているだけ」 「ポイントカードを配っているだけ」 「新商品を月に一回出しているだけ」
しかし、これは氷山にたとえると「水面から出ている部分」にすぎません。水面の下には、外からは決して見えない、大きな土台が隠れています。
たとえば、次のようなものです。
- その施策を始めた目的や狙い(何を解決したかったのか)
- 施策を支える社内の体制(誰が、どれだけの時間をかけているのか)
- それまでに積み上げてきたお客様との関係や信頼
- うまくいくまでに繰り返した失敗と修正の歴史
特に最後の「失敗と修正の歴史」は重要です。成功事例として紹介される取り組みの多くは、最初からうまくいったわけではありません。試しては直し、試しては直しを繰り返した結果、ようやく今の形に落ち着いているのです。
ところが、外から見える「完成形」だけを真似すると、この試行錯誤の過程をすべて飛ばすことになります。土台のない氷山は、当然ながら浮かんでいられません。
具体例:洋菓子店の「SNS映えスイーツ」
ここで、一つ例え話をしてみましょう。架空の話ですが、似たような光景は多くの業界で見られるものです。
ある町に、二つの洋菓子店があったとします。仮にC店とD店と呼びます。
ある日、C店が「写真映えするカラフルなケーキ」をSNSで発信し始めました。すると若いお客様が次々と来店し、行列ができるほどの人気になりました。
それを見たD店の店主は考えます。「なるほど、今は映えるケーキの時代か。ウチも作ろう」
D店は急いでカラフルなケーキを開発し、SNSのアカウントも作りました。ところが、思ったようにお客様は増えません。それどころか、長年通ってくれていた常連のお客様から「最近、昔ながらのシュークリームの質が落ちた気がする」と言われてしまいました。新しいケーキの開発に職人さんの手が取られ、看板商品がおろそかになっていたのです。
なぜ、こんなことになったのでしょうか。
実はC店には、外から見えない事情がありました。C店はもともと若い店主が継いだばかりで、お客様の層を若返らせることが課題でした。店主自身が学生時代からSNSに親しんでおり、投稿は趣味の延長で苦になりません。さらに、店舗が駅前にあり、SNSを見て衝動的に立ち寄れる立地でした。
一方のD店は、住宅街の中にあり、お客様の中心は近所のご家族や年配の方々。強みは「昔から変わらない、安心できる味」でした。つまりD店にとって本当に必要だったのは、流行のケーキではなく、今の常連さんがもっと通いたくなる工夫や、ご近所での口コミが広がる仕掛けだったかもしれないのです。
同じ「洋菓子店」でも、立地、お客様、強み、課題がまったく違う。だから、同じ施策でも結果がまったく違ってしまう。これが「真似るだけではうまくいかない」典型的なパターンです。
ちなみに、ラーメン屋さんの隣に新しいラーメン屋さんができる現象を、不思議に思ったことはないでしょうか。「あの店が繁盛しているなら、隣でやれば自分も繁盛するはず」という発想は、一見筋が通っているようで、「なぜあの店が繁盛しているのか」という肝心の部分が抜け落ちています。繁盛の理由が「店主の人柄」や「20年かけた常連づくり」だった場合、隣に店を出しても手に入るのは同じ景色だけです。
うまくいかない三つの理由を整理する
ここまでの話を、少し整理してみます。「他社がやっているから」で始めた施策がうまくいかない理由は、大きく三つにまとめられます。
理由その一:前提条件が違う
先ほどの洋菓子店の例のとおり、立地、お客様の層、社員の得意分野、資金力、これまでの歴史……同じ業界でも、会社ごとの前提条件は驚くほど違います。同じ種をまいても、土が違えば育ち方が変わるのと同じです。
理由その二:目的が抜け落ちている
他社の施策は、その会社の「何かの課題」を解決するための手段です。手段だけを輸入すると、「何のためにやっているのか」が社内の誰にも説明できない状態になります。目的のない施策は、忙しくなった途端に「とりあえず後回し」にされ、静かに消えていきます。例の洗濯物干しと同じ運命です。
理由その三:続ける仕組みがない
成功している会社は、施策を「続けるための仕組み」もセットで持っています。担当者を決める、時間を確保する、結果を振り返る場を作る、といったことです。表面だけ真似ると、この仕組みがないまま走り出すことになり、担当者の善意と気合だけが頼りになります。気合は、残念ながら三日ほどで燃料切れを起こします。
では、他社の事例とどう付き合えばよいのか
ここまで読むと、「他社の真似は全部ダメなのか」と思われるかもしれません。そうではありません。他社の事例は、付き合い方さえ間違えなければ、とても役に立つ情報源です。
ポイントは、「何をやっているか」ではなく「なぜうまくいっているか」を見ることです。
具体的には、次のような順番で考えてみることをおすすめします。
第一に、自社の課題を先に言葉にする。 「売上を伸ばしたい」ではなく、「新規のお客様が少ないのか」「リピートが少ないのか」「客単価が低いのか」まで掘り下げます。課題が違えば、打つべき手も変わります。
第二に、他社の施策を「その会社のどんな課題を解決したのか」という目で見る。 同じSNS活用でも、新規客集めのためなのか、常連さんとのつながり維持のためなのかで、中身はまったく別物です。
第三に、自社の強みと条件に合わせて「翻訳」する。 そのまま輸入するのではなく、「ウチの強みで同じ目的を果たすなら、どんな形になるだろうか」と考え直します。D店であれば、SNSではなく「常連さん向けの季節のお手紙」のほうが、よほど効果的だったかもしれません。
第四に、小さく試して、振り返る。 最初から完璧を目指さず、小さく始めて、結果を見ながら直していく。成功している他社も、必ずこの道を通っています。近道に見える「丸ごとコピー」が、実は一番の遠回りなのです。
おわりに ― 隣の芝生が青く見えたときこそ
「隣の芝生は青く見える」と言いますが、青く見えたときこそ、自分の庭を見つめ直すチャンスです。
他社の成功事例は、答えそのものではなく、「自社を考えるためのヒント」です。大切なのは、他社と同じことをすることではなく、自社の課題と強みに合った、自社だけの答えを見つけることです。
「ウチもやろう」と思ったときは、その前に一度だけ、こう自問してみてください。
「ところで、ウチは何に困っていて、何が得意なんだっけ?」
この一呼吸が、施策を洗濯物干しにしないための、いちばん簡単で、いちばん効果のある方法だと思います。

ミタスサポート事務所代表。富山県で中小企業向けに経営とIT支援を行っています。
中小企業診断士/ITストラテジスト/情報処理安全確保支援士。
確かな知識と実務経験を元に、役立つ情報を随時発信中。
小さな事業者向けに小回りの利くITサービスやサイバーセキュリティ対策に力を注いでいます。

