「うちの社員、なんだか帰るのが遅いんだよね」
経営者の方とお話ししていると、こんな悩みをよく耳にします。仕事が本当に忙しいなら仕方ありません。しかし、よくよく観察してみると、日中はのんびりコーヒーを飲みながら雑談し、夕方5時を過ぎたあたりから急にエンジンがかかる社員がいたりします。まるで夜行性の動物のようです。
なぜこんなことが起きるのでしょうか。実は多くの場合、原因は社員の性格ではなく、会社の「お金の払い方」にあります。今回は、無駄な残業を減らすための仕組みとして、「評価を年収ベースで行い、賞与額で調整する」という考え方をご紹介します。
第1章 なぜ無駄な残業はなくならないのか
まず、根本的な問いから始めましょう。なぜ、無駄な残業はなくならないのでしょうか。
答えはシンプルです。残業すると、給料が増えるからです。
残業代は、法律で決められた大切な権利です。働いた分の対価が支払われるのは当然のことです。しかし、この仕組みには一つの副作用があります。それは、「同じ仕事を早く終わらせた人ほど、もらえるお金が少なくなる」という現象です。
考えてみてください。同じ量の仕事を、Aさんは定時までに終わらせ、Bさんは毎日2時間残業して終わらせたとします。この場合、月末の給与明細で笑っているのはBさんです。Aさんは効率よく働いたのに、手取りはBさんより数万円少ない。これでは、Aさんが「あれ、私も少しゆっくり働いたほうが得なのでは……?」と考えてしまっても、責めることはできません。
つまり、多くの会社では知らず知らずのうちに、「非効率に働くほど儲かるゲーム」を社員に提供してしまっているのです。社員は悪くありません。ゲームのルールがそうなっているだけなのです。
第2章 「年収ベースの評価」とは何か
そこで登場するのが、「評価を年収ベースで行う」という考え方です。
言葉だけ聞くと難しそうですが、中身はシンプルです。ポイントは次の2つです。
- 社員の評価は「成果」で行い、その評価に応じて「あるべき年収」を決める
- 残業代を含めた実際の支給額との差を、賞与で調整する
もう少し噛み砕いてみましょう。
従来の考え方は、「月給+残業代+賞与=年収」という足し算でした。残業すればするほど、年収という答えが大きくなります。
一方、年収ベースの考え方は逆です。まず「この人の働きぶりなら、年収はこのくらいが妥当だ」というゴールを先に決めます。そして、月給や残業代を支払った上で、残りを賞与で埋めるという引き算の発想です。
こうすると何が起きるでしょうか。残業をたくさんした人は、残業代をすでに多く受け取っているので、賞与はその分少なくなります。逆に、効率よく働いて定時で帰った人は、残業代が少ない分、賞与が厚くなります。
結果として、同じ成果を出した人は、働いた時間に関係なく同じ年収になるのです。「早く帰った人が損をする」という理不尽が解消され、社員は安心して効率化に取り組めるようになります。
第3章 具体例で見てみましょう
抽象的な話が続いたので、架空の会社で具体的に見てみましょう。
ある中小企業の営業部に、加藤さんと残間(ざんま)さんという2人の社員がいるとします(残間さんという名字は実在するようですが、ここではあくまで架空の人物です)。
- 加藤さん:業務を工夫して効率化し、ほぼ毎日定時で退社。年間の残業代は約10万円。
- 残間さん:加藤さんと同程度の成果だが、だらだらと夜まで残る習慣があり、年間の残業代は約50万円。
従来の払い方の場合
2人の基本給が同じで、賞与も「基本給の◯か月分」という一律の決め方だとします。すると、成果は同じなのに、残間さんの年収は加藤さんより約40万円多くなります。頑張って早く帰った加藤さんが、実質的に「効率化ペナルティ」を払っている状態です。
年収ベースの払い方の場合
まず評価を行い、「2人とも同じ成果なので、あるべき年収は500万円」と決めたとしましょう。
- 加藤さん:月給と残業代の合計が430万円 → 賞与は70万円
- 残間さん:月給と残業代の合計が470万円 → 賞与は30万円
2人の年収はどちらも500万円。成果が同じなら、報酬も同じです。
さて、この制度が導入されたあと、残間さんはどうするでしょうか。夜遅くまで残っても年収は1円も増えません。増えるのは、疲労と、家族からの「また遅いの?」という冷たい視線と、オフィスの電気代だけです。合理的に考えれば、残間さんも早く帰るようになります。もし翌年、残間さんが効率化に目覚めて成果を伸ばせば、評価が上がり、年収そのものが増えていく。これが本来あるべき姿ではないでしょうか。
第4章 導入するときの注意点
「なるほど、うちもすぐやろう!」と思っていただけたら嬉しいのですが、いくつか大事な注意点があります。ここを飛ばすと、良い制度も台無しになってしまいます。
1. 残業代は必ず全額支払う
まず大前提として、残業代のカットは絶対にしてはいけません。労働基準法上、残業代の支払いは会社の義務です。この制度は「残業代を払わない仕組み」ではなく、「残業代を払った上で、賞与で年収を調整する仕組み」です。ここを混同すると法律違反になりますので、くれぐれもご注意ください。
2. 賞与のルールを明文化する
賞与での調整は、賞与が会社の裁量で決められる設計になっていることが前提です。就業規則や賃金規程との整合性を確認し、「賞与は評価に基づく年収水準を踏まえて決定する」といった考え方をきちんと文書化しましょう。制度の変更は社員への丁寧な説明とセットで行うことが不可欠です。不利益変更にあたる可能性もあるため、導入前に社会保険労務士などの専門家に必ず相談することをおすすめします。
3. 「成果」の物差しを先に磨く
この制度の心臓部は、「あるべき年収」を決める評価そのものです。評価基準が曖昧なままだと、「なぜ私の年収はこの額なのか」という不満が噴き出します。売上、業務の質、チームへの貢献など、何をどう評価するのかを先に整理し、社員に開示しましょう。物差しが歪んでいると、測るものすべてが歪みます。
4. 本当に必要な残業まで敵視しない
繁忙期の残業や、突発トラブル対応の残業は、会社を支える尊い働きです。減らすべきは「だらだら残業」であって、「頑張り」ではありません。評価の場面では、必要な場面で踏ん張ってくれた社員をきちんと認めることも忘れないでください。
第5章 よくある誤解
最後に、この話をするとよくいただく質問にお答えします。
Q. 社員のモチベーションが下がりませんか?
一時的に、残業代を「生活給」として当てにしていた社員からは戸惑いの声が出るかもしれません。だからこそ、「成果を上げれば年収そのものが上がる」という道筋をセットで示すことが重要です。時間ではなく成果で報われる仕組みは、長期的には優秀な人ほど納得感を持ちます。
Q. 早く帰った社員がサボっているだけだったら?
そのために評価があります。成果が出ていなければ、早く帰っていても評価は上がりません。この制度は「早く帰れば得」ではなく、「成果を出せば得。時間は関係ない」という制度です。
おわりに
無駄な残業は、社員の健康を削り、会社のコストを膨らませ、家庭の夕食の席から一人を奪います。しかし、社員に「早く帰りなさい」と号令をかけるだけでは、なかなか変わりません。人は号令ではなく、仕組みで動くからです。
「評価を年収ベースで行い、賞与で調整する」。この仕組みの本質は、時間を売る働き方から、成果で報われる働き方への転換です。夜のオフィスで一番頑張っているのが蛍光灯、という状態から卒業するために、自社のお金の払い方を一度見直してみてはいかがでしょうか。
制度設計は各社の状況によって最適な形が異なります。導入をご検討の際は、労務の専門家も交えて、丁寧に進めていただければと思います。

ミタスサポート事務所代表。富山県で中小企業向けに経営とIT支援を行っています。
中小企業診断士/ITストラテジスト/情報処理安全確保支援士。
確かな知識と実務経験を元に、役立つ情報を随時発信中。
小さな事業者向けに小回りの利くITサービスやサイバーセキュリティ対策に力を注いでいます。
