「量をこなしていないやつに質を語る権利はない」── 本田圭佑の言葉が経営にも刺さる理由

本田圭佑さんが、あるインタビューでこんなことを言っていました。

「量をこなしていないやつに質を語る権利はない」

初めてこの言葉を聞いたとき、正直、ドキッとしました。

なぜかというと、私たちの周りには「量より質でしょ」という空気がとても強いからです。タイパ、コスパ、効率化。限られた時間で最大の成果を出すのが賢いやり方だ、と。ビジネス書にもそう書いてあります。セミナーでもそう教わります。

その考え方自体は間違っていません。ただ、本田さんが問題にしているのは、そこではないのです。

本田さんは幼少期から365日、一日も休まず練習を続けてきた人です。身体がボロボロになるまでやり続けて、そこで初めて「休むことの大切さ」や「効率の重要性」に気づいたと語っています。

つまり、「質が大事だ」と言う資格があるのは、圧倒的な量をやり切った人間だけだ、ということです。

量もこなしていないのに「質が大事」と言うのは、フルマラソンを走ったことがない人が「走るより歩くほうが効率的だ」と語るようなもの。それは効率論ではなく、ただの言い訳ではないか——本田さんの言葉は、そういうことを突きつけているのだと思います。

今回は、この言葉をビジネスや経営の文脈で考えてみたいと思います。


第1章:なぜ「量より質」が言い訳になりやすいのか

「量より質」という言葉は、とても便利です。

何が便利かというと、やらない理由として使いやすいのです。

たとえば、「営業は件数じゃない、質だ」と言えば、1日3件しか訪問しなくても、なんとなく正当化できます。「SNSは毎日投稿するより、渾身の1本を出すべきだ」と言えば、週に1回しか更新しなくても格好がつきます。

もちろん、営業にもSNSにも質は重要です。それは間違いありません。

しかし問題は、「質を追求している」と言いながら、実際には何も手を動かしていないケースが少なくない、ということです。渾身の1本を出すために構想を練っている——と言いつつ、1ヶ月が過ぎても何も出てこない。これは質の追求ではなく、ただの停滞です。

本田さんの言葉が鋭いのは、まさにこの点を突いているからです。

「たくさん働ける人が”質が大事だ”と言うのは理解できる。でも、たくさん働けない人、働きたくない人が”量じゃない、質だ”と言っても、それは働きたくないだけの話」

身も蓋もない言い方ですが、的を射ています。

本田さんが言っているのは「量がすべてだ」ということではありません。「質を語るための前提条件として、まず量がある」ということです。順番の話をしているのです。


第2章:量をこなして初めて見える景色がある

では、なぜ量が先なのか。量を経験していないと、なぜ質を語れないのか。

これには明確な理由があります。

質の「正体」は量の中にしかない

たとえば、料理を始めたばかりの人が「効率的なレシピ」を求めたとします。ネットで「時短レシピ」を検索して、その通りに作る。それ自体は悪いことではありません。

しかし、なぜその手順が「効率的」なのかは、何十回も料理を作った人でなければわかりません。「先に野菜を切っておくと段取りがいい」ことも、「弱火でじっくり炒めたほうが甘みが出る」ことも、何度も失敗して初めて腹に落ちるものです。

時短レシピだけで料理をしている人は、応用が利きません。冷蔵庫にある材料でパッと一品作る、ということができない。なぜなら、「何を省略してよくて、何を省略してはいけないか」の判断基準を持っていないからです。

その判断基準は、大量に作って、大量に失敗して、初めて身につくものです。

ビジネスも同じです。

営業トークの「型」は本で学べます。しかし、目の前のお客様の微妙な表情の変化に気づいて、話の流れを変えられるようになるには、何百回という商談の経験が必要です。「こういう反応のときは、ここを深掘りしたほうがいい」「この沈黙は考えている沈黙だから待ったほうがいい」——こうした判断は、量をこなさなければ絶対に身につきません。

自分の限界を知るためにも量がいる

本田さんが365日休まず練習を続けた結果、身体がボロボロになったというエピソードは象徴的です。

普通に考えれば「そりゃそうでしょ」という話なのですが、大事なのは、本田さん自身がそれを体験して初めて「休むことの重要性」を理解したという点です。

誰かに「休んだほうがいいよ」と言われてもわからない。本で「休息の重要性」を読んでもピンとこない。自分で限界まで行って、壊れかけて、そこで初めて「ああ、ここが限界だったんだ」とわかる。

経営においても、自社のキャパシティや組織の限界は、ある程度無理をしてみないと見えてきません。「うちの会社はどこまでできて、どこからが無理なのか」という感覚は、実際にたくさんの案件を回し、たくさんの失敗をして、初めて掴めるものです。


第3章:「量」は気合いの話ではない

ここまで読んで、「つまり、がむしゃらに働けということか?」と思われた方がいるかもしれません。

違います。ここは大事なポイントなので、はっきり申し上げます。

本田さんの言葉は「がむしゃらにやれ」という精神論のように聞こえるかもしれませんが、本質はもっと実践的です。

量とは「打席に立つ回数」のこと

野球にたとえてみます。

打率3割のバッターは「10回打席に立って3回ヒットを打つ人」です。この打率は、シーズンを通して何百回も打席に立って初めて意味のある数字になります。

10回しか打席に立っていない人が「3割打ちました」と言っても、それが実力なのか偶然なのか、誰にもわかりません。本人にもわかりません。

ビジネスでも同じことが起きています。

たとえば、新しい商品を開発して、1回目で大ヒットすることがあります。しかし、そのヒットが実力によるものなのか、たまたま市場のタイミングが合っただけなのかは、何度も商品を出してみないと判断できません。

「量をこなす」とは、打席に立つ回数を増やすことです。回数が増えれば、自分の打率がわかります。何が得意で何が苦手かがわかります。どの球を打てばヒットになりやすいかがわかります。それが「質を語れる状態」です。

打席に3回しか立っていない人が「俺の打率は.667だ」と胸を張っていたら、周りはどう思うでしょうか。たぶん、「もうちょっと打席に立ってから言ってくれ」と思うはずです。

具体例:ある飲食店の話

わかりやすい例として、飲食店の新メニュー開発を考えてみます。

ある小さなカフェのオーナーが、新メニューを考えていたとします。

Aさんのアプローチは「じっくり考えて、完璧な1品を出す」。料理本を読み、食べ歩きをし、コンセプトを練り、3ヶ月かけて渾身のメニューを1品だけ出しました。

Bさんのアプローチは「まずたくさん出す」。毎週1品ずつ、「本日のおすすめ」として新メニューを試しました。3ヶ月で12品を出しました。

結果がどうなるかは、想像がつくのではないでしょうか。

Aさんの渾身の1品は、もしかしたら素晴らしい出来かもしれません。でも、お客様の反応がいまいちだったとき、「どこがダメだったのか」「何を変えればいいのか」の手がかりがほとんどありません。なにしろ、比較対象が1つしかないのですから。

一方、Bさんは12品分のデータを持っています。「パスタ系は反応がいいけど、サラダ系はあまり出ない」「ボリューム感のあるメニューのほうがSNSに上がりやすい」「水曜日のお客様は甘いもの好きが多い」——量をこなしたからこそ見えてくるパターンがあります。

Bさんは12品の経験をもとに、13品目で「質の高い1品」を作れるのです。


第4章:タイパ時代の落とし穴

いまの時代、「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉が当たり前に使われるようになりました。映画は倍速で観て、本は要約サービスで読み、動画は「切り抜き」で済ませる。

効率化そのものは素晴らしいことです。しかし、本田さんの言葉を借りるなら、「効率化していい段階」に至っていない人が効率化を語ると、おかしなことになります。

ショートカットが許される人、許されない人

誤解を恐れずに言えば、ショートカットには「許される人」と「そうでない人」がいます。

ベテランの寿司職人が「この工程は省いても味に影響しない」と判断するのは、何万貫も握ってきた経験に基づいています。その判断は信頼できます。

でも、寿司を握り始めて3日目の人が同じことを言ったら、ちょっと心配になります。「いや、それ省いちゃダメなやつでは……?」と。

経営でも、ベテラン経営者が「うちの会社ではこの会議は不要だ」と判断するのは、何年もかけて自社の意思決定プロセスを試行錯誤してきた上での結論です。だから意味がある。

しかし、まだ会社を立ち上げたばかりの段階で、「会議は非効率だから全部なくす」とやってしまうと、情報共有が崩壊して大変なことになりかねません。「何が必要で何が不要か」を判断するためのデータ(=量をこなした経験)が、まだ足りていないからです。

「量を経て効率化した人」と「最初から効率化を求めている人」は違う

ここが肝心なところです。

本田さん自身も、365日練習し続けた末に「休むことの大切さ」に気づいたと言っています。つまり、本田さんは「効率化を否定している」のではなく、「効率化にたどり着くプロセスとして量が不可欠だ」と言っているのです。

量をこなした人が語る効率化には、裏付けがあります。「ここは手を抜いても大丈夫」「ここだけは絶対に手を抜いてはいけない」という勘所がわかっています。

量を経ていない人の効率化は、残念ながら「何を省いていいかわからないまま、なんとなく省いている」状態になりがちです。省いてはいけないものまで省いてしまい、「効率化したはずなのに、なぜかうまくいかない」ということが起きます。


第5章:「量を増やす」を仕組みにする

ここまで「量が大事だ」と書いてきましたが、「じゃあ具体的にどうすればいいの?」という話をしなければ、ただの精神論で終わってしまいます。

量を増やすために重要なのは、気合いではなく仕組みです。

1. 一回あたりのハードルを下げる

量をこなせない最大の原因は、「一回あたりの負荷が大きすぎる」ことです。

たとえば、「毎月1本、5000字のブログ記事を書く」というのは、慣れていない人にとってはかなりの負担です。月初には「今月こそ書くぞ」と思っていても、気づけば月末になっている。それが何ヶ月か続くと、やがて「自分にはブログは向いていない」という結論に至ります。

ブログに向いていないのではなく、1回あたりのハードルが高すぎるだけです。

「毎日3行でいいから書く」にすれば、継続のハードルは劇的に下がります。3行なら5分で書けます。5分なら「今日は忙しいから無理」とは言いにくい。歯磨きより短い時間です。(歯磨きを5分以上している方には申し訳ありません。あなたの歯はきっと美しいです。)

2. 振り返りを仕組み化する

量をこなすだけでは不十分で、「振り返り」がセットで必要だという話は、多くの方がご存じだと思います。

ただ、「振り返りましょう」と言うだけでは、なかなか定着しません。人間は、明確な仕組みがないと忘れます。

おすすめは、量をこなす行為とセットで自動的に振り返りが発生する仕組みを作ることです。

最もシンプルな方法は、「やったことを記録する」こと。営業なら、訪問後に3行だけメモを残す。「誰に会った」「何を話した」「次にやること」。これだけで立派な振り返りです。

記録が10件、20件と貯まっていくと、自然とパターンが見えてきます。「この業種のお客様には、このアプローチが響きやすい」といった傾向が、特別な分析をしなくても感じ取れるようになります。

3. 小さな変化を加え続ける

同じことを100回繰り返すだけでは、「慣れた作業が早くなる」という効果はありますが、質の向上には限界があります。

大切なのは、毎回ほんの少しだけ変化を加えることです。

営業トークなら、「今日は冒頭の自己紹介を少し変えてみよう」。プレゼン資料なら、「今回は図を1つ増やしてみよう」。ほんの小さな変化でいいのです。

全部を一気に変える必要はありません。むしろ、一度に多くを変えると、何が効いて何が効かなかったのかがわからなくなります。1つだけ変えて、結果を見る。この繰り返しが、じわじわと質を引き上げていきます。


おわりに:量の先にある「自分だけの質」

本田圭佑さんの「量をこなしていないやつに質を語る権利はない」という言葉は、厳しいようでいて、実はとても親切な言葉だと思います。

なぜなら、この言葉は「才能がないとダメだ」とは言っていないからです。

「まず量をやれ」と言っているのです。

量をこなすことに、特別な才能は要りません。センスも要りません。必要なのは、「やる」と決めて、手を動かし続けることだけです。

そして、量を積み重ねた先にしか見えない景色があります。本田さんが365日練習し続けた末に「休むことの大切さ」にたどり着いたように、量をやり切って初めて「本当に大事な質とは何か」がわかるのです。

逆に言えば、量をこなす前に「質」を語ろうとしても、それは借り物の言葉にしかなりません。本で読んだ知識、誰かの受け売り、もっともらしいフレームワーク。どれも間違ってはいないけれど、自分の体験を通していない言葉は、どこか空っぽに響きます。

もし今、何かの質を高めたいと思っているなら、まずは量を増やすことから始めてみてはいかがでしょうか。

完璧じゃなくていい。70点でいい。まずは打席に立つ。

量を積み重ねた先に、「質とはこういうことだったのか」と腹落ちする瞬間が、きっとやってきます。

そしてそのとき初めて、あなたは「質」を自分の言葉で語れるようになるのだと思います。

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