AIを検討すると、会社の「宿題」が見つかります ― 汎用の便利さと、業務の仕組み化は別の話です

AIの新しい機能が出るたびに、SNSはにぎやかになります。写真を渡せば説明文ができ、長い資料が3行に要約され、英語のメールが数秒で返ってくる。実際に触ってみると、なるほどこれはすごい、と素直に思います。

ところが同じ人が会社に戻り、「じゃあ、うちの見積業務に使おう」と考えた瞬間、なぜか手が止まります。

この落差は、AIの性能不足でも、社員のやる気不足でもありません。汎用的な作業と、その会社にしかない業務とでは、必要な前提がまったく違うからです。そして今回いちばんお伝えしたいのは、その前提を整える作業、つまり業務の仕組み化は、AIとは別次元の話だということです。

SNSのAIが強いのは、「汎用的な作業」だからです

要約、翻訳、文章の下書き、アイデア出し、簡単なプログラム。これらに共通しているのは、説明しなくても中身が決まっていることです。

「この文章を要約して」と頼むとき、私たちは要約の定義を説明しません。相手も聞き返してきません。世の中の大半の人が、同じイメージを共有しているからです。前提の説明がゼロで済むので、思いついた3秒後には使えます。

だから汎用的な作業において、AIはすでに「多くの人に使われる技術」になりました。ここは議論の余地がありません。便利だと言われていますし、実際に使ってみても便利です。

ところが、業務に持ち込むと急に止まります

一方、「うちの見積書をつくって」と頼むとどうなるでしょうか。

  • どの単価表を使うのか
  • 得意先ごとの掛率はどこに書いてあるのか
  • 数量が中途半端なとき、どちらに丸めるのか
  • 特急対応の追加料金は、誰が、いくらで決めているのか
  • できあがった見積は、誰が承認するのか

ほとんど答えられません。というより、会社の中にも答えが書かれていないことが多いのです。ベテランの頭の中には確かにありますが、文字にはなっていません。

AIは空気を読みません。「例のアレ、いい感じにしといて」は通じません。もし通じてしまったら、それはそれで大変怖い話です。

つまり業務でAIを使うには、手順、判断基準、データの置き場所、責任の所在が決まっている必要があります。これがいわゆる仕組み化です。

ここで、少し意地悪な話をします

さて、ここからが本題です。

いま挙げた仕組み化が終わっている業務を想像してみてください。単価表は一か所にまとまり、掛率は表になっていて、丸め方のルールも承認者も明記されている。

その状態であれば――人がやっても、そこまで手間ではありません。

新人でも半日あれば覚えられますし、パートの方にお願いすることもできます。Excelの関数と入力フォームで、かなりの部分が片づいてしまうかもしれません。

これは少し残酷な事実です。「AIを入れたら業務が劇的に楽になった」という話をよく見ると、その中身の多くはAIの手柄ではなく、仕組み化の手柄だったりします。散らかっていた情報を集め、暗黙のルールを言葉にした時点で、勝負はほとんどついているのです。

AIは、整った机の上ではとてもよく働きます。ただ、机を片づけてくれるわけではありません。

そして、一番助けてほしい業務ほど、助けてもらえません

困ったことに、この構造は逆向きにも働きます。

会社で本当に大変なのは、仕組み化されていない業務のほうです。担当者の勘と経験と記憶で回っていて、例外だらけで、資料は個人のパソコンの中にある。まさにそこをどうにかしてほしいのに、そこはAIにも渡せません。渡せる形になっていないからです。

たいていの会社には、名前のない業務があります。「あれ、いつも◯◯さんがやってくれてるやつ」です。◯◯さんが退職すると、その業務も一緒に静かに退職していきます。

AIに期待したいのはまさにそこなのに、AIが最も苦手なのもそこ、というわけです。

たとえば、ある会社で考えてみます

ここからは、一般的に起こりやすい流れを想定した例です。実在の企業の話ではありません。

社員30名ほどの卸売会社があるとします。悩みは、お客様からの問い合わせ対応に時間が取られること。ベテラン社員2人に電話が集中し、その2人が席を外すと業務が止まります。

そこで「問い合わせ対応をAIに任せられないか」という話が持ち上がります。よくある流れです。

ところが、いざ準備を始めると、会議が妙な方向に進みます。AIに渡す材料を書き出そうとした担当者が、こう言うのです。

「返品を受け付ける期限って、何日でしたっけ」

その場にいた5人が、それぞれ違う日数を答えます。送料を誰が負担するのかも、担当者によって運用が違います。値引きをどこまで現場判断でしてよいのかは、そもそも誰も決めていませんでした。

2回目、3回目の会議では、AIの話はほとんど出ません。返品ルールと送料の負担区分と、値引きの決裁ラインをどうするか、という話に終始します。

結果として、AIの導入はいったん保留になりました。代わりに、返品と送料と値引きのルールがA4一枚の表にまとまりました。

すると、入社半年の社員が電話を取れるようになります。ベテラン2人への集中が緩み、問い合わせ対応の時間そのものが減っていきました。AIは、まだ一度も使われていません。

この会社にとって、AIの検討は無駄だったでしょうか。私はそうは思いません。AIという「よそ者」を持ち込んだからこそ、社内で何年もぼんやりしていたものが、表に出てきたのです。

では、AIを検討する意味はどこにあるのでしょうか

ここが今回の結論です。AI導入の検討は、仕組み化に着手するきっかけとして、とても優秀です。理由は三つあります。

理由1:AIは、曖昧さを容赦なく可視化します

人間の担当者は優秀なので、指示が曖昧でも忖度して埋めてくれます。だからこそ、決まっていないまま何年も回ってしまいます。

AIは埋めてくれません。とんちんかんな答えが返ってきた瞬間に、「あ、うちはここを決めていなかったのか」とわかります。健康診断のようなものです。数値を見るのは少し怖いのですが、見なければ何も始まりません。

理由2:人が集まります

「業務を標準化しましょう」と言うと、会議室の空気がわずかに重くなります。ところが「AIを使ってみましょう」と言うと、同じ人が身を乗り出してきます。やることは、実はほとんど同じなのですが。

人間とはそういうものですし、それを利用しない手はありません。

理由3:予算と期限がつきます

業務改善は「落ち着いたらやろう」と言われ続け、そして落ち着く日はきません。引き出しの奥には、数年前の改善プロジェクトの資料が眠っていたりします。

一方、AI関連のテーマは、いま社内で通りやすいのです。中身が同じでも、動く形に載せられます。

進めるときの4つの視点

  1. 最初の成果物を「動くAI」ではなく「業務の説明書」に置く。ここを目標にすると、途中で止まっても必ず何かが残ります。
  2. 一番大変な業務ではなく、二番目を選ぶ。一番はたいてい例外の塊で、最初の題材には重すぎます。
  3. 「AIに説明してみる」を、会議の代わりに使う。うまく説明できない箇所が、そのまま決まっていない箇所です。
  4. できあがった仕組みが、AIなしでも回るか確かめる。回るなら本物です。回らないのであれば、道具に寄りかかっているだけかもしれません。

気をつけたいこと

  • AIを入れること自体を目的にしない。半年後に「で、何が良くなったんでしたっけ」という会話が発生します。
  • 道具は変わります。仕組みは資産として残りますが、特定のサービスを前提に作り込むと、乗り換えのたびに作り直しになります。
  • 書き出したルールは、AIを使わなくても価値があります。引き継ぎ、新人教育、外注、値上げ交渉の根拠。使い道はいくらでもあります。
  • 業種や規模、扱う情報の性質によって、適切な進め方は変わります。ここに書いたのは、あくまで一般的な考え方です。

まとめ:技術は、使われる形になって初めて技術になります

汎用的な作業において、AIはすでに多くの人に使われる技術になりました。ここは疑いようがありません。

一方、それぞれの会社の業務で同じことが起きるかどうかは、技術の進歩ではなく、私たちの側の宿題にかかっています。手順を言葉にし、判断基準を表にし、責任の所在を決める。地味で、時間がかかり、誰も表彰してくれない作業です。

面白いのは、その宿題をやり終えたころには、AIを使うかどうかが決定的な問題ではなくなっている、ということです。使えば速いでしょうし、使わなくてもきちんと回るでしょう。どちらでも構いません。会社が強くなっているという点では、同じですから。

AIは、その宿題の存在を教えてくれた、少し空気の読めない家庭教師のようなものです。教えてもらったからには、やってみる価値はあると思います。

まずは、社内で一度こう言ってみてください。

「この仕事、AIに任せるとしたら、何を説明する必要があるだろう?」

答えに詰まったところが、そのまま御社の宿題です。

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