新しい話が来たときに、頭に最初に浮かぶ言葉は何でしょうか。
「面白そうだ」よりも先に、「いや、自分には無理だ」「準備が足りない」「もう少し力をつけてから」。こうした言葉が反射的に出てくる方は、決して少数派ではありません。
そして不思議なことに、やらない理由は3秒で5つ出てくるのに、やる理由は1つも思いつかない。あの発想力を新規事業の企画に使えたら、と思うほどです。
この記事でお伝えしたいのは、精神論としての「勇気を出そう」ではありません。やる前に想像した最悪の事態は、実際にはほとんど起きないという、わりと身も蓋もない事実と、その前提で判断するための考え方です。
心配の9割は、現実になりません
米ペンシルベニア州立大学のLucas LaFreniere氏とMichelle Newman氏が2020年に発表した研究では、参加者に10日間、頭に浮かんだ心配事をそのつど記録してもらい、その後30日かけて実際に起きたかどうかを追跡しました。
結果は、記録された心配のうち91.4%が現実にならなかったというものでした。一人あたりで最も多かったのは「心配が一つも現実にならなかった」というパターンだったそうです。
ただし、この数字を万能の法則のように扱うのは誠実ではありません。参加者は29名と少なく、全員が不安症の診断を受けた方でした。もともと心配しやすい傾向のある集団を対象にした研究であり、「世の中のあらゆる心配の9割は起きない」と言い切れるものではありません。
それでも、傾向として押さえておく価値はあります。私たちの頭が描く未来予測は、実際の結果よりかなり悲観的な方向にずれているということです。
なぜ「やらない理由」ばかり上手になるのか
これは意志が弱いからではなく、人間の作りの問題です。理由は大きく3つあります。
1. 失うことの痛みは、得ることの喜びより大きく感じる
人は、同じ大きさの利益と損失を比べたとき、損失のほうを重く感じる傾向があります。「うまくいけば新しい仕事につながる」より、「失敗したら恥をかく」のほうが、頭の中では大きな声で鳴るわけです。
2. 未経験のことは、解像度が低い
やったことがないものは、細部が見えません。見えない部分は想像で埋めるしかなく、その想像は高い確率で最悪のシナリオを採用します。
しかも頭の中の自分は、なぜか「完璧にこなす」か「大失敗する」かの二択しか用意してくれません。現実にいちばん多いのは、「まあまあ、悪くなかった」という地味な結果なのですが、この選択肢は事前の想像には出てきません。
3. 「やらない」は、失敗が目に見えない
やって失敗すれば、結果がはっきり残ります。一方でやらなければ、何も起きません。何も起きないので、失敗したようにも見えません。
しかし実際には、やらなかったことで失った機会が、静かに積み上がっています。見えないだけで、無傷ではないのです。
具体例:セミナー講師を頼まれた場面で考えてみます
たとえば、商工会議所や業界団体から「一度セミナーで話してくれませんか」と依頼を受けた場面を想定してみます(以下は説明のための仮の例です)。
引き受ける前に浮かぶ心配は、だいたい決まっています。
- アンケートで低い評価をつけられたらどうしよう
- 答えられない質問が飛んできたらどうしよう
- そもそも人が集まらなかったらどうしよう
- 話がつまらないと途中で退席されたらどうしよう
- 後から主催者にクレームが入ったらどうしよう
準備期間の2週間、この5つが頭の中を何周もします。ところが、当日が終わってみると、たいてい次のような結末になります。
アンケートは、想像よりずっと優しい。 参加者は評論家ではなく、自分の仕事のヒントを探しに来た人たちです。「もう少し事例が欲しかった」という要望は書かれても、人格を否定するようなことはまず書かれません。むしろ、自分が「あそこは噛んだし、話が長すぎた」と落ち込んでいる部分は、驚くほど誰も気にしていません。
答えられない質問は、正直に答えれば済む。 「その点は私の専門外ですので、確認してご連絡します」と言って怒り出す人は、ほとんどいません。逆に、知らないことを知っているふりで押し通したときのほうが、信頼を失います。
人が集まらなかったとしても、集客は主催者の領分です。 5人でも50人でも、話す内容の価値は変わりません。むしろ人数が少ないほど、その場で質問が出て、濃い時間になることもあります。
そして終了後、恐れていたクレームの電話は鳴りません。代わりに来るのは、「次回もお願いします」という連絡か、あるいは何もないかのどちらかです。
やる前に用意した5つの心配のうち、現実になったのはゼロ、あってもせいぜい1つ。 これが、多くの「初めてのこと」で実際に起きていることです。
「クレームが来たらどうしよう」の正体
新しいことをためらう理由として、クレームへの不安はよく登場します。新サービスを始める、料金を改定する、SNSで情報発信を始める。どれも「批判されたら」という想像がブレーキになります。
しかし、実際に起きることを冷静に並べると、こうなります。
- 大半のケースでは、何も起きません。 世の中の人は、他人の新しい取り組みにそこまで関心を持っていません。厳しいようですが、これは救いでもあります。
- 起きた場合も、多くは「意見」であって「攻撃」ではありません。 「説明がわかりにくい」「価格の根拠を知りたい」といった指摘は、改善のヒントそのものです。
- 本当の意味で深刻な事態は、めったに起きません。 そして万一起きても、謝罪と訂正と再発防止という手順は、すでに世の中に確立されています。
要するに、クレームは「起きたら人生が終わるもの」ではなく、「起きたら手順に沿って対応するもの」です。ここを取り違えると、起きてもいない出来事の対策に、何か月も費やすことになります。
「何とかなる」は、根拠のない楽観ではありません
ここで誤解のないようにお伝えすると、「気合いで何とかなる」という話ではありません。やり始めると、状況が変わるから何とかなるのです。
- 情報が増える。 動き出した瞬間、想像で埋めていた部分が実際の情報に置き換わります。解像度が上がれば、対処法も具体的になります。
- 周りが関わってくる。 一人で全部背負う想定でいたことも、始めてみると主催者や取引先、社内の誰かが自然に分担してくれることが少なくありません。
- 途中で修正できる。 頭の中の想像では、なぜか一発勝負になっています。現実には、途中で軌道修正する機会が何度もあります。
つまり「何とかなる」の正体は、運ではなく、始めた後にしか手に入らない情報と協力と修正機会のことです。これらは、やらない限り一つも手に入りません。
やるか迷ったときの4つの問い
とはいえ、何でも飛びつけばよいわけでもありません。迷ったときは、次の4つを紙に書いて確認してみてください。5分で終わります。
- 最悪、何が起きますか。 「失敗する」ではなく、「アンケートの平均が3点を下回る」のように、一文で具体的に書きます。書けないほど曖昧な不安は、正体のない不安です。
- それは取り返しがつきますか。 評価が悪い、うまく話せない、想定より売れない。この種の失敗は、ほぼすべてやり直しがききます。取り返しがつかないもの(大きな借入、法令違反、信用の毀損など)だけは、慎重に検討すべき領域です。
- 起きた場合の最初の3手は何ですか。 誰に連絡し、何を止め、何を修正するか。ここまで決まっていれば、その心配はもう「タスク」であって「不安」ではありません。
- やらなかった場合、何を失いますか。 ここを飛ばす方が非常に多いのですが、やらない選択にもコストがあります。 両方を並べて、初めて比較になります。
この4つを通したうえで「やらない」と決めたなら、それは立派な経営判断です。問題なのは、想像上の最悪シナリオだけを根拠に、比較もせず見送ってしまうことです。
それでも怖いときは、小さく始めればよいのです
「やる・やらない」は、実は二択ではありません。規模を小さくすれば、失敗の痛みも小さくなります。
- いきなり本番のセミナーではなく、社内や知人向けに30分だけ話してみる
- 全顧客への価格改定ではなく、新規のお客様からの適用に絞る
- 大々的なサービス開始ではなく、1社にモニターとして試してもらう
小さく試せば、失敗しても損失は限定的で、得られる情報は本番とそれほど変わりません。最初の一歩は、勇気の大きさではなく、歩幅で調整するものです。
まとめ
- やる前に浮かぶ「できない理由」は、たいてい想像であって、予測ではありません
- 研究でも、記録された心配の9割以上が現実にならなかったと報告されています(小規模な研究である点には注意が必要です)
- アンケートの酷評もクレームも、想像したほどの頻度では起きません。起きた場合も、多くは対応手順のある出来事です
- 「何とかなる」の正体は、始めてから手に入る情報・協力・修正機会です
- 迷ったら、最悪の事態・可逆性・初動3手・やらない場合の損失、の4点を書き出して比べます
- 怖いときは、やめるのではなく規模を小さくします
次に「自分には無理かもしれない」と思う話が来たら、断る前に一度だけ、その「無理」の中身を紙に書き出してみてください。文字にした途端、思っていたより小さく、そして意外と対処できるものだと気づくはずです。

ミタスサポート事務所代表。富山県で中小企業向けに経営とIT支援を行っています。
中小企業診断士/ITストラテジスト/情報処理安全確保支援士。
確かな知識と実務経験を元に、役立つ情報を随時発信中。
小さな事業者向けに小回りの利くITサービスやサイバーセキュリティ対策に力を注いでいます。

