ここ数年、「AIを使えば仕事が劇的に変わる」という言葉を、あちこちで耳にするようになりました。実際、新しいツールが次々と登場し、「これを導入すれば一気に効率化できる」という期待が高まっています。
ところが、いざ最新のAIツールを導入してみたものの、「思ったほど成果が出ない」「結局、前と変わらない」という声も少なくありません。
なぜでしょうか。
理由は、案外シンプルです。多くの場合、問題はツールではなく、AIに与える「データ」のほうにあるからです。
最近では、この点を表す言葉として「AI Ready(エーアイ・レディ)」という考え方が注目されています。直訳すれば「AIを使う準備ができている状態」という意味です。そして、その準備が整ったデータのことを「AI Ready データ」と呼びます。少し難しそうに聞こえるかもしれませんが、要するに「AIがちゃんと読める、整ったデータになっているか」ということです。
この「AI Ready(AI-Ready)」という言葉は、経済界の代表的な団体である経団連(日本経済団体連合会)が2019年にまとめた「AI活用戦略 ~AI-Readyな社会の実現に向けて~」という文書のなかで打ち出された考え方です。そこでは、AIを使いこなすためには、ツールを入れる前に、企業も、そこで働く一人ひとりも、社会全体も、AIを活用できる状態へと準備を整えていく必要がある、と述べられています。つまり「AI Ready」は、単なる流行り言葉ではなく、AIとどう向き合うかを示す大切な合言葉なのです。
今回は、なぜAI活用の本当の鍵がツールではなく「AI Ready データ」なのか、できるだけ専門用語を使わずにお話ししていきます。
AIは「とても優秀な、でも会社のことを何も知らない新入社員」
まず、AIがどんな存在なのかをイメージしてみましょう。
AIは、たとえるなら「ものすごく頭の回転が速い新入社員」です。計算も速いですし、文章を書くのも上手。しかも、徹夜させても文句ひとつ言いません(このあたりは、人間としては少しうらやましいところです)。
ただし、この優秀な新入社員には、大きな特徴がひとつあります。それは「あなたの会社のことを、まだ何も知らない」という点です。
どんなに優秀でも、入社初日の社員に「うちの売れ筋商品を踏まえて、来月の販売計画を立てておいて」とだけ伝えても、まともな答えは返ってきません。なぜなら、その人は「うちの売れ筋商品」が何なのかを、そもそも知らないからです。
AIもまったく同じです。AIが賢い答えを出せるかどうかは、こちらが「どんな情報(データ)を渡すか」に大きく左右されます。つまり、優秀な新入社員に、きちんと整理された資料を渡せるかどうか。そこが勝負の分かれ目なのです。
「ゴミを入れれば、ゴミが出てくる」
データの世界には、昔から有名な言葉があります。
それは「ゴミを入れれば、ゴミが出てくる」という言葉です。
少し乱暴な表現ですが、これがAI活用の本質をよく表しています。どれほど高性能なAIでも、入れる情報がぐちゃぐちゃであれば、出てくる答えもぐちゃぐちゃになる、という意味です。
料理にたとえると、もっとわかりやすいかもしれません。どんなに最新の高級オーブンを買っても、傷んだ食材を入れてしまえば、出てくるのは失敗作だけです。これはオーブンが悪いのではありません。食材、つまりデータのほうに問題があるのです。
実際、先ほどの経団連の文書のなかでも、データは「21世紀の石油」、そして「ヒト・モノ・カネ」に続く第4の経営資源だと表現されています。会社にとって、人材やお金と同じくらい大切な財産だ、というわけです。さらにその文書では、データはただ量を集めればよいのではなく、品質も同じくらい重要であること、そして集めたデータをAIが読める形に整える作業にも、相応の工夫やノウハウが必要であることが指摘されています。
ですから、「最新のAIツールを入れたのに成果が出ない」というとき、まず疑うべきはツールの性能ではなく、自分たちが持っているデータの状態だ、ということになります。言いかえれば、そのデータが「AI Ready データ」になっているかどうか、ということです。
具体例:ある飲食店の「予約ノート」問題
ここで、わかりやすい例をひとつ挙げてみます。あくまで一般的な、よくあるお話としてお読みください。
ある小さな飲食店が、「AIを使ってお客様の傾向を分析し、売上を伸ばしたい」と考えたとします。
ところが、このお店の予約情報は、店長さんの手書きのノートにだけ残されていました。しかも、ある日は「山田様 4名 19時」、別の日は「やまだ 夜 4人くらい?」、さらに別の日は「常連さん いつもの」とだけ書かれています。
この状態でAIに「お客様の来店傾向を分析して」と頼んでも、AIは途方に暮れてしまいます。「いつもの」が何を指すのか、「夜」が何時なのか、判断のしようがないからです。いくら優秀な新入社員でも、これでは手も足も出ません。
一方、もしこのお店が、来店日・人数・時間・注文内容を、いつも同じルールできちんと記録していたらどうでしょう。たとえ手書きであっても、簡単な表に「日付・人数・時間・注文内容」と項目をそろえて残しているだけで、AIは「金曜の夜は4名以上のグループが多い」「雨の日は客足が落ちる傾向がある」といった傾向を、ずっと見つけやすくなります。これがまさに「AI Ready データ」の状態です。
同じお店、同じAIツールであっても、データが「AI Ready」かどうかひとつで、得られる答えの質はまるで変わってくるのです。
では、何から始めればいいのか
「データが大事なのはわかった。でも、何から手をつければいいの?」と思われるかもしれません。難しく考える必要はありません。次の三つを意識するだけでも、手元のデータは少しずつ「AI Ready データ」に近づいていきます。
ひとつ目は、「同じことは、同じ書き方で記録する」ことです。さきほどの例でいえば、人数を「4名」と書いたり「4人」と書いたり「4くらい」と書いたりせず、書き方をそろえる。たったこれだけで、データはぐっと扱いやすくなります。
ふたつ目は、「あとで見返したときに、意味がわかる形で残す」ことです。「いつもの」「例のあれ」といったメモは、本人以外には伝わりません。そして残念ながら、数か月後の自分にも、たいてい伝わらなくなっています。第三者が見てもわかる言葉で残しておくことが大切です。
三つ目は、「ばらばらの場所に散らばった情報を、一か所に集める」ことです。売上はこのノート、予約はあの手帳、お客様の声は店長さんの頭の中、という状態では、AIどころか人間でさえ全体像をつかめません。まずは集めるところから始めましょう。
これらはどれも、特別なシステムがなくても、表計算ソフトがひとつあれば今日から取り組めることばかりです。
自分の会社は今、どのあたり?「AI Readyの5段階」
先ほどの経団連の文書では、企業がどのくらいAIを使える状態になっているかを、5つの段階(レベル)で表しています。これを、データの目線でうんとかみくだくと、おおよそ次のようなイメージになります。
第1段階は、まだAIに手をつけておらず、必要なデータを探し出して集めるだけで何日もかかってしまう状態です。データはあちこちに散らばり、その意味もよくわからない、というところです。
第2段階は、ようやく一部のデータを、分析に使える形で取り出せるようになってきた状態。
第3段階では、日々の業務の流れ自体がデータとして残るようになり、一部の仕事でAIが本格的に役立ち始めます。
第4段階になると、多くの業務データがほぼリアルタイムで分析できるようになり、AIが事業の改善をぐいぐい後押しします。
そして第5段階は、現場のあらゆる出来事がデータになり、AIを軸に会社そのものが回っている状態です。
ここで大事なのは、上の段階へ進むほど、共通して「データがきちんと整っているかどうか」が土台になっている、という点です。つまり、AI Readyへの階段を一段ずつのぼっていく作業は、そのまま「データを整えていく」作業でもあるのです。
「うちはまだ第1段階かも…」と感じても、落ち込む必要はまったくありません。ほとんどの会社が、最初はそこから始めます。大切なのは、今いる場所を正しく知って、次の一段に足をかけることです。
まとめ:ツールを探す前に、足元のデータを見る
AIの世界は日々進歩していて、新しいツールの話題は尽きません。もちろん、ツール選びも大切なことです。
しかし、本当に成果を左右するのは、その手前にある「自分たちのデータが、どれだけ整っているか」、つまり「AI Ready かどうか」です。どんなに高性能なAIも、渡す材料が整っていなければ、その力を発揮できません。逆に言えば、データを少し整えて「AI Ready データ」に近づけるだけで、今すでに手元にあるツールでも、驚くほど役に立つことがあるのです。
ですから、「どのAIツールを使えばいいか」と悩む前に、ぜひ一度、自分たちのデータが「AI Ready」になっているかを見直してみてください。
最新ツールという立派なオーブンを探しに出かける前に、まずは冷蔵庫の中身、つまり自分たちのデータが「AI Ready」かどうかを確認する。これが、遠回りなようでいて、実はAI活用への一番の近道なのです。

ミタスサポート事務所代表。富山県で中小企業向けに経営とIT支援を行っています。
中小企業診断士/ITストラテジスト/情報処理安全確保支援士。
確かな知識と実務経験を元に、役立つ情報を随時発信中。
小さな事業者向けに小回りの利くITサービスやサイバーセキュリティ対策に力を注いでいます。
