「うまくいくと思ったのですが」
事業を進めていると、この一言に何度も出会います。新商品が売れない。採用した人がすぐ辞める。展示会に出たのに問い合わせが来ない。時間もお金もかけたのに、結果が返ってこない。
このとき多くの方が、原因を「自分の努力が足りなかったから」に求めます。しかし本当にそうでしょうか。世の中には、正しく準備して、正しく実行しても、うまくいかないことがあります。むしろ、そちらのほうが多いくらいです。
この記事では、「全てがうまくいくわけではない」という前提を受け入れたうえで、それでも成果を積み上げていくための考え方と、明日から使える具体的な手順をご紹介します。精神論ではなく、意思決定と振り返りの「型」の話としてお読みいただければと思います。
うまくいかないことは、失敗ではなく前提です
経営は「打率」で見る仕事です
野球の世界では、打率3割を超えれば一流の打者と呼ばれます。10回のうち7回は失敗しているのに、です。
経営や事業運営も、構造はよく似ています。新しい取り組みを10個試して、はっきり成果につながるのは2つか3つ。残りは「思ったほどではなかった」「時期が悪かった」「やってみて初めて向いていないとわかった」に分類されます。
にもかかわらず、私たちは1つひとつの取り組みを「成功か失敗か」で採点しがちです。この採点方法には、大きな副作用があります。失敗の回数を減らそうとして、試す回数そのものを減らしてしまうのです。打席に立たなければ三振はしませんが、ヒットも出ません。
見るべきは、1打席の結果ではなく、シーズンを通した打率と打席数です。
100点の計画を待つと、結果は0点になります
「もう少し情報を集めてから」「もう少し景気が読めてから」
慎重さは経営者に必要な資質です。しかし、慎重さと先送りは見た目がよく似ています。どちらも「今は動かない」という同じ行動をとるからです。
事業判断に必要な情報が100%そろうことは、まずありません。仮にそろったとしたら、それはすでに他社も同じ情報を持っている状態、つまり競争が始まった後です。おおむね6割から7割の確度が見えた時点で動き出し、走りながら残りを埋めていく。これが現実的な進め方です。
ここで重要なのが、次の考え方です。
結果はコントロールできませんが、準備・実行・振り返りの質はコントロールできます。
うまくいくかどうかは、市場や競合、景気、取引先の都合といった、自分の外側の要素に大きく左右されます。一方で、どれだけ準備したか、決めたことをやり切ったか、終わった後に学びを取り出したかは、100%自分たちの側にあります。
全てがうまくいくわけではない。しかし、全てに全力で取り組むことはできる。 この一文が意味しているのは、そういうことです。
「全力」を、気合から手順に置き換えます
全力とは「長時間がんばること」ではありません
「全力でやります」と聞くと、深夜まで働く姿を思い浮かべる方がいらっしゃいますが、ここでいう全力は、投入時間の量ではありません。
気合は燃料としては優秀なのですが、いかんせん燃費が悪く、しかも突然切れます。ガス欠になった車に「気持ちで走れ」と言っても、動かないものは動きません。
ここでの全力とは、その時点で持っている情報・人・お金・時間を出し惜しみせずに使い切り、やると決めたことを最後までやり切ることを指します。中途半端に3割の力で試して「効果がなかった」と結論づけるのは、実は最も情報が得られない、もったいないやり方です。
全力を3つの要素に分解します
抽象的な「全力」を、次の3つに分けて考えると扱いやすくなります。
- 準備の全力 … 今わかる範囲の情報を集め、前提と狙いを言葉にする
- 実行の全力 … 決めた期間・決めた条件で、手を抜かずにやり切る
- 振り返りの全力 … 結果の良し悪しに関わらず、次に使える学びを取り出す
多くの現場で抜け落ちるのは3つ目です。うまくいったときは「よかったね」で終わり、うまくいかなかったときは「見なかったことにする」。これでは、せっかく支払った授業料が回収できません。3つ目まで終えて、ようやく一巡です。
たとえば、ある地方の食品加工会社で考えてみます
ここからは、理解しやすいように仮の例で考えてみます。従業員30名ほどの、地方の食品加工会社を想像してください。
主力商品は地元スーパー向けの惣菜ですが、人口減少で出荷量が少しずつ減っています。そこで社長が、自社商品をインターネットで直接販売する取り組みを始めることにしました。
さて、この取り組みは成功するでしょうか。正直なところ、やってみなければわかりません。ネット販売は競合が多く、送料の負担も重く、生鮮に近い商品は配送の制約も受けます。うまくいかない可能性は十分にあります。
それでも、「全力で取り組む」ことはできます。具体的には、次のような形です。
- 狙いを一文にする … 「ネット販売で年商を倍にする」ではなく、「主力商品の一つを、県外の個人客に月50件届けられるか検証する」
- 期間と予算を先に区切る … 6か月、広告費と撮影費で合計60万円まで
- やめる条件を先に決める … 3か月時点で月10件に届かなければ、商品を入れ替えるか撤退する
- やると決めた範囲はやり切る … 商品写真、説明文、同梱するお礼状、問い合わせ対応まで手を抜かない
- 記録を残す … 何を、いつ、いくらで、どう告知して、何件売れたか
仮に半年後、月20件にとどまり、目標には届かなかったとします。数字だけ見れば「うまくいかなかった」となります。
しかし、この会社の手元には次のものが残ります。撮影した商品写真、書き上げた商品説明、購入者の年齢層と地域のデータ、リピート率、問い合わせで多かった質問、そして「自社の商品はこう説明すると伝わる」という言語化された知見です。これらは、次に卸先を開拓するときにも、展示会に出るときにも、そのまま使えます。
一方、同じ半年を「なんとなく始めて、なんとなく更新が止まった」形で過ごした場合、手元には何も残りません。同じ失敗でも、全力で取り組んだ失敗には資産が残り、そうでない失敗には反省文しか残らないのです。
明日からできる4つの手順
1. 始める前に「やめる条件」を決めます
取り組みを始めるときは、同時に終わり方も決めます。「いつまでに」「何がどうなっていなければ」「どうするか」の3点です。
これを先に決めておくと、途中で「ここまでお金を使ったのだから、今さらやめられない」という心理に引きずられにくくなります。撤退の判断が遅れる原因の多くは、判断力の不足ではなく、判断基準がないことです。
2. 判断の理由を1行だけ残します
「なぜこの選択をしたのか」を、決めた時点で1行書き残します。ノートでも、共有フォルダのメモでも構いません。
結果が出た後に振り返ると、人間の記憶は都合よく書き換わります。「あのときは正しいと思った」のか「なんとなく決めた」のかが区別できないと、次に活かせません。1行の記録は、未来の自分への引き継ぎ書です。
3. 振り返りでは、人ではなく判断を評価します
うまくいかなかったときの会議が「誰のせいか」を探す場になると、次から誰も新しいことを提案しなくなります。
評価すべきは人ではなく、判断の質です。次の3つを順に確認します。
- 前提は正しかったか(そもそもの見立てが違っていたのか)
- 実行は計画どおりだったか(やると決めたことをやり切れたか)
- 結果は運の要素が大きかったか(同じことをもう一度やれば結果は変わりそうか)
前提が違っていたなら、情報収集のやり方を見直します。実行に穴があったなら、体制や段取りを見直します。運の要素が大きかったなら、回数を増やす方向で考えます。原因の場所が違えば、打つべき手も変わります。
4. 小さく試して、大きく賭けません
全力で取り組むことと、全財産を賭けることは違います。むしろ逆で、一度の失敗で立ち上がれなくなる規模の賭けは、全力で取り組む回数を減らしてしまいます。
打席に立ち続けるためには、一回の空振りで退場にならない設計が必要です。予算・人員・期間を先に区切り、その範囲の中では出し惜しみしない。この組み合わせが現実的です。
陥りやすい2つの落とし穴
「全部に全力」は、たいてい全力になりません
「全てに全力で取り組む」を、「同時に10個の課題へ全力投球する」と読むと、事故が起きます。人も時間も有限ですから、対象を広げるほど1つあたりの密度は下がります。
ここでの「全て」は、手をつけると決めた一つひとつに対してという意味です。まずは数を絞ることが、全力の前提条件になります。優先順位をつけるとは、やることを決めることではなく、やらないことを決めることでもあります。
努力を、成果の代わりにしません
がんばったこと自体を成果として扱い始めると、組織はゆっくり傾きます。「あれだけやったのだから」という言葉が出てきたら、少し注意が必要です。
全力で取り組むことは、成果が出なかったときの免罪符ではありません。全力は、次の一手の精度を上げるための投資であり、投資である以上、回収する場面が必要です。振り返りとは、その回収作業のことです。
まとめ
- 事業の取り組みは、10個試して2〜3個当たれば十分という前提で設計します
- 結果は制御できませんが、準備・実行・振り返りの質は制御できます
- 「全力」とは労働時間ではなく、持てる資源を出し切り、やり切ることです
- 始める前に「やめる条件」を決め、判断の理由を1行残します
- 振り返りでは人ではなく判断を評価し、前提・実行・運を切り分けます
- 一度で立ち上がれなくなる賭け方をせず、打席に立ち続けられる規模にします
全てがうまくいくことは、残念ながらありません。それは能力の問題ではなく、事業というものの性質です。
ただ、うまくいかなかった取り組みが、次につながる資産になるか、ただの痛手で終わるかは、取り組み方によって変わります。そしてその部分は、外部環境ではなく自分たちの手の中にあります。
まずは今抱えている取り組みを一つ選び、「いつまでに、何がどうなっていなければ、どうするか」を紙に書き出すところから始めてみてはいかがでしょうか。所要時間は5分ほどです。この5分が、半年後の振り返りの質を大きく変えてくれるはずです。

ミタスサポート事務所代表。富山県で中小企業向けに経営とIT支援を行っています。
中小企業診断士/ITストラテジスト/情報処理安全確保支援士。
確かな知識と実務経験を元に、役立つ情報を随時発信中。
小さな事業者向けに小回りの利くITサービスやサイバーセキュリティ対策に力を注いでいます。

