「賃率(ちんりつ)」という言葉を聞いて、すぐに意味が思い浮かぶ方は、どれくらいいらっしゃるでしょうか。「家賃の利率のこと?」と思われた方、ご安心ください。残念ながら(?)家賃とは一切関係ありません。読み方は同じ「ちんりつ」でも、まったくの別物です。
賃率は、製造業やサービス業など、人が働いてモノやサービスを生み出している会社にとって、とても大切な「ものさし」です。経営者の方はもちろん、現場で働く方や、これから独立を考えている方にも、知っておいて損のない数字です。
今回は、この賃率について、できるだけかみくだいてお話していきます。あわせて、賃率とセットで知っておきたい「稼働率」や、それらをどう改善に活かすかについても、最後までお付き合いいただければと思います。
賃率とは何か
賃率とは、ひとことで言えば「1時間あたりの人件費」のことです。
つまり、「ある人が1時間働くと、会社としていくらコストがかかっているか」を表した数字、と思っていただければ大丈夫です。
ここで大切なのは、「時給」とは少し違うという点です。時給はその人にお給料として支払う金額そのものですが、賃率は会社が負担している人件費全体を、働いた時間で割った金額になります。
会社が従業員を雇うと、お給料のほかにも、社会保険料の会社負担分、ボーナス、通勤手当、福利厚生費など、さまざまなお金がかかっています。これらを全部ひっくるめて、働いた時間で割ったものが「賃率」というわけです。
ですから、賃率は時給よりも、たいてい「ちょっと高め」になります。
なぜ賃率を知る必要があるのか
「自社の人件費くらい、給与明細を見ればわかるよ」と思われるかもしれません。たしかにその通りなのですが、賃率を知ることには、それとは別の大きな意味があります。
それは、「この仕事は本当にもうかっているのか」を見極められるようになることです。
たとえば、お客様から仕事を引き受けたとき、その料金が高いのか安いのかは、感覚だけではなかなか判断できません。「いい仕事だった気がする」と思っていても、実は人件費が大きくかかっていて、利益はほとんど残っていなかった、ということもよくあります。
賃率がわかっていれば、「この仕事には何時間かかったから、人件費だけでこれくらい使った」と計算ができます。そうすると、その仕事が本当にもうかったのか、それともがんばっただけで実は赤字だったのかが、はっきり見えてくるのです。
「忙しいのに、なぜか手元にお金が残らない」と感じている会社の多くは、この賃率の感覚があいまいになっていることが少なくありません。
賃率の計算方法(具体例)
では、実際にどうやって計算するのか、身近な例で見ていきましょう。
ここでは、町のパン屋さんを想像してみてください。パン職人のAさんを1人雇っているとします。
【Aさんに関する年間コスト】
- お給料:300万円
- 会社が負担する社会保険料など:45万円
- 賞与(ボーナス):60万円
- 通勤手当:12万円
- 福利厚生費:8万円
これらを合計すると、Aさんを1人雇うためにお店が支払っているお金は、425万円 になります。
【Aさんの年間労働時間】
- 1日8時間 × 月20日勤務 × 12ヶ月 = 1,920時間
このとき、賃率は次のように計算できます。
賃率 = 425万円 ÷ 1,920時間 ≒ 約2,213円
つまり、Aさんが1時間働くごとに、お店としては約2,213円のコストがかかっている、ということになります。時給1,500円のつもりで雇っていたとしても、実際には2,000円を超える人件費がかかっているわけですね。
ここで「えっ、思っていたより高い……」と感じた方は、まさに賃率を知ることの大切さに気づいた瞬間です。多くの経営者の方が、はじめて計算したときに同じ顔をされます。
もう一歩踏み込みましょう ~「稼働率」のお話~
賃率の計算ができたところで、もうひとつ大切な仲間をご紹介します。それが 「稼働率(かどうりつ)」 です。
稼働率とは、「働いている時間のうち、実際に商品やサービスを生み出すために使えている時間の割合」のことです。少し難しい言い方をしましたが、要は「会社にいる時間まるごとが、売上に直結しているわけではないですよね」というお話です。
先ほどのパン屋さんのAさんを思い出してみてください。Aさんは1日8時間勤務ですが、その8時間ずっとパンを作り続けているかというと、そうではありません。
- 朝のオーブンや作業台の準備
- 道具の片付けや清掃
- 材料の発注や在庫の確認
- 休憩や昼食
- 店長との打ち合わせ
こうした「直接パンを作っているわけではない時間」が、意外と多くあるものです。決してサボっているわけではなく、どれも必要な時間ですが、その間にパンが焼き上がっているわけではない、ということです。
仮に、実際にパンを作っている時間が1日6時間だったとすると、Aさんの稼働率は次のようになります。
稼働率 = 6時間 ÷ 8時間 = 75%
ここで先ほどの賃率を思い出してください。Aさんの賃率は約2,213円/時間でした。でも、これは「働いている時間すべて」で割り算した数字です。
実際にはパンを作っていない時間にもお給料は発生していますから、「パンを作っている時間」だけで人件費を考えると、本当の負担はもっと大きくなります。
実質的な賃率 = 2,213円 ÷ 75% ≒ 約2,951円/時間
「えっ、また上がった!」と思われたでしょうか。そうなのです。賃率と稼働率を両方あわせて考えると、人件費の実態がさらにくっきり見えてきます。コーヒーブレイクの一杯にも、ちゃんとコストが乗っていた、というわけですね。
ちなみに、パン1個の人件費も計算し直すと、「2,951円 × 10分 ÷ 60分 ≒ 約492円」となります。先ほどの369円と比べると、ずいぶん印象が変わります。
賃率を使ってわかること
賃率がわかると、いろいろなことが見えてきます。
① 商品の本当の原価がわかる
先ほどのパン屋さんで、Aさんが1個の食パンを作るのに10分かかるとします。すると、その食パン1個には、材料費のほかに「2,213円 × 10分 ÷ 60分 ≒ 約369円」の人件費がかかっていることになります。
もし材料費が200円だったとすると、1個あたり569円のコストがかかる食パンを、もし500円で売っていたら……。「たくさん売れて忙しい!」と喜んでいる場合ではなく、売れば売るほど赤字になってしまいます。
このように、賃率を踏まえると「いくらで売れば本当にもうかるのか」がきちんと見えてきます。
② 見積もりの精度が上がる
「この仕事はだいたい何時間かかりそうだ」という見当がつけば、賃率をかけることで、人件費の見積もりがしっかりできます。
「気合と勘でなんとなく値段を決める」状態から卒業して、根拠のある価格設定ができるようになります。お客様に「なぜこの金額なんですか?」と聞かれたときにも、自信を持って説明できるようになる、というおまけ付きです。
改善のヒント ~賃率と稼働率をどう活かすか~
ここまで読まれて、「うちの会社、もしかして思ったよりもうかっていないのでは……」と心配になった方もいらっしゃるかもしれません。ご安心ください。賃率と稼働率は、現状を厳しく突きつけるためのものではなく、改善のヒントを教えてくれる道具 でもあります。
改善のアプローチは、大きく分けて3つあります。
① 稼働率を上げる ~ムダな時間を減らす~
もっとも取り組みやすいのが、稼働率を上げる工夫です。
賃率そのものを下げようとすると、お給料カットのような話になりがちで、現場の士気が一気に下がります。これはおすすめできません。一方、稼働率は「ムダな時間を減らす」というアプローチですので、誰の財布も痛みません。
たとえば、
- 道具や材料の置き場所を整え、探す時間を減らす
- 朝の段取りを前日のうちに済ませておく
- 似た作業はまとめて行う(パンを1個ずつ焼くより、まとめて焼くほうが効率的)
- 会議の時間を短くしたり、頻度を見直したりする
- 在庫管理の方法を見直し、発注作業の手間を減らす
こうした地道な工夫で、稼働率が75%から80%に上がったとしましょう。それだけで、実質的な賃率は「2,213円 ÷ 80% ≒ 約2,766円」となり、先ほどより約185円下がります。1日6時間の生産時間が6時間24分に増えたとも言えます。
「たった24分?」と思われるかもしれませんが、1年で見ると約100時間。これだけあれば、新商品を考える時間も、お客様と話す時間も生まれます。
② 単位時間あたりの生産量を増やす ~同じ時間で多く作る~
同じ1時間でも、よりたくさんのモノやサービスを生み出せれば、1個あたりの人件費は当然下がります。
- 作業手順を見直す(順番を変えるだけで時短になることもあります)
- 道具や機械を新しいものに替える
- 従業員の熟練度を上げる教育やトレーニングを行う
- マニュアルを整え、新人さんが早く戦力になれるようにする
「人をもっと働かせる」のではなく、「仕事のやり方そのものを働かせる」という発想です。働き方改革とも相性のよい考え方ですね。
たとえば、Aさんが1個10分かかっていたパンを、手順の見直しで8分で作れるようになったとします。1個あたりの人件費は約492円から約394円に減ります。約100円の差ですが、1日100個作れば1万円、1年で200万円を超える違いになります。
③ 値付けを見直す ~適正な価格にする~
そして、もうひとつ忘れてはいけないのが、価格そのものを見直すことです。
賃率と稼働率を計算すると、「あれ、この商品、もしかして安すぎる?」と気づくことがあります。安すぎる値付けで頑張っていると、いくら稼働率を上げても利益はなかなか出ません。穴の空いたバケツに水をくみ続けるようなものです。
値上げと聞くと身構えてしまうかもしれませんが、コストに見合った価格にすることは、お客様にも従業員にも、そして会社の未来にとっても誠実な行動です。「ちゃんと利益が出る価格」だからこそ、品質を維持でき、従業員にきちんとお給料を払い続けられるのですから。
賃率を使うときの注意点
ここまで賃率の便利さをお伝えしてきましたが、いくつか気をつけたい点もあります。
まず、賃率は 「一度計算したら終わり」ではありません。お給料が上がったり、人が入れ替わったり、新しい人が増えたりすれば、当然変わってきます。最低でも年に1回は見直すのがおすすめです。
また、賃率はあくまで 「平均的な目安」 であるという点も忘れてはいけません。新人さんとベテランさんでは、同じ1時間でもこなせる仕事の量が違いますし、忙しい時期と暇な時期では稼働率も変わります。
賃率の数字だけを見て、「この人は時給が高すぎる」「あの人はコストパフォーマンスが悪い」と判断してしまうと、現場の空気がぎくしゃくしてしまうこともあります。
数字はとても便利な道具ですが、使い方を間違えると、人を縛る道具にもなってしまいます。賃率は「人を評価するため」のものではなく、「会社全体のお金の流れを正しく知るため」のものさしだと覚えておくとよいでしょう。
まとめ
今回は「賃率」と「稼働率」、そしてその活かし方についてお話してきました。ポイントを整理しますと、次のようになります。
- 賃率は 「1時間あたりの人件費」 のこと
- お給料だけでなく、社会保険料や賞与、福利厚生費なども含めて計算する
- 稼働率は 「実際に価値を生み出せている時間の割合」
- 賃率と稼働率を合わせて見ると、人件費の実態がよりくっきり見える
- 改善の方向性は3つ。「稼働率アップ」「生産性アップ」「適正な値付け」
- ただし、これらの数字を人の評価に直接使うのは要注意
賃率や稼働率は、社長さんや経理の方だけのものではなく、現場で働くすべての人にとって、自分たちの仕事の価値を理解する手がかりになる数字です。
数字が見えてくると、「なんとなく忙しい」が「ここを変えれば楽になる」に変わります。改善は一度に大きく変える必要はなく、稼働率を1〜2%上げる小さな工夫を積み重ねるだけでも、年間で見れば驚くほど大きな成果になります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

ミタスサポート事務所代表。富山県で中小企業向けに経営とIT支援を行っています。
中小企業診断士/ITストラテジスト/情報処理安全確保支援士。
確かな知識と実務経験を元に、役立つ情報を随時発信中。
小さな事業者向けに小回りの利くITサービスやサイバーセキュリティ対策に力を注いでいます。

