承認というと、「よくやったね」と褒めることを思い浮かべる方が多いかもしれません。ですが、いま職場でいちばん効く承認は、褒め言葉ではないかもしれません。
「来てくれてありがとう」
「また明日もよろしくね」
「辞めないでね」
この記事は、若い人が定着しない、何を考えているかわからない、褒めても反応が薄い——そんな悩みを持つ経営者や管理職の方に向けて書いています。読み終えたときに、明日の朝、誰に何と言えばよいかがはっきりしている状態を目指します。
若い人の「居場所」は、思っているより少ない
こども家庭庁のこども・若者の意識と生活に関する調査(2025年3月公表)に、興味深い数字があります。
15歳から39歳の人に、「次の場所は、今のあなたにとって居場所(ほっとできる場所、居心地の良い場所)になっていますか」と尋ねた結果です。
- 家庭:87.0%
- 自分の部屋:84.3%
- インターネット空間:56.6%
- 学校(卒業した学校を含む):44.9%
- 職場(過去の職場を含む):41.0%
職場は、五つの場のなかで最下位です。 そして学校も半分に届きません。家と自室、それにインターネットの中には居場所がある。けれども、人と顔を合わせる場所——学校と職場——は、半数以上の人にとって「ほっとできる場所」になっていないのです。
同じ調査には、もうひとつ大事な数字があります。「安心できる場所」の数と自己肯定感(今の自分が好きだ)の関係です。
- 0か所の人:24.5%
- 3か所の人:53.1%
- 6か所の人:80.3%
居場所の数と、自分を肯定できる気持ちは、ほぼきれいに比例しています。ここに、職場ができることの余地があります。職場が一つ増えるだけで、その人の「安心できる場所」は一つ増えるからです。
「踏み込まない」ことが、礼儀になった
なぜ、人と会う場所が居場所になりにくいのでしょうか。
若い人が冷たくなったから、という話ではありません。むしろ逆に近いと思います。ハラスメントへの意識が高まり、プライバシーの感覚が変わり、「相手の領域に立ち入らないこと」が礼儀として定着しました。休みの理由を聞かない、恋人の有無を聞かない、飲みに誘わない。どれも、配慮としては正しい変化です。
ただ、その配慮には副産物があります。踏み込まない社会では、「あなたに関心があります」と伝わる機会も同時に減るということです。
SNSで数百人とつながっていても、そこで交わされるのは不特定多数へ向けた発信です。「あなたに来てほしい」「あなたがいないと困る」と、名指しで言われる経験は、実はかなり貴重になっています。学校では、先生に「明日も来いよ」と言われることは減りました。バイト先では、シフトに入っていない日は誰からも連絡が来ません。
つまり、いま職場で名前を呼んで声をかけることは、以前より相対的に価値が上がっているのです。同じ言葉でも、周りが静かになったぶん、よく響きます。
効くのは、この三つの言葉
褒め言葉が効かないわけではありません。ただ、褒め言葉には条件があります。何かを成し遂げないと発生しないのです。まだ仕事を覚えていない人、成果が数字に出ない職種の人には、なかなか届きません。
これに対して、次の三つは条件がいりません。
「来てくれてありがとう」
出勤は当たり前だ、と考える方もいるかもしれません。ですが、朝起きて、支度をして、電車に乗って、その場所に来る。これは本人にとって毎日の選択です。当たり前になっている行動を、当たり前として扱わない。それだけで、「ここは自分の行動を見ている場所だ」という感覚が生まれます。
「また明日もよろしくね」
これは、未来に関する言葉です。「明日のこの職場に、あなたがいる」という前提を、口に出して共有しています。人が居場所を感じるのは、過去を評価されたときよりも、未来の予定に自分が入っているとわかったときです。
「辞めないでね」
三つのなかでいちばん強い言葉です。裏を返せば「あなたがいなくなると、うちは困る」という告白だからです。言う側が弱みを見せているぶん、上下関係が一瞬フラットになります。評価されるよりも、必要とされるほうが、人はうれしいものです。
三つに共通するのは、成果ではなく存在を認めている点です。この種の承認を、存在承認と呼びます。挨拶をする、名前で呼ぶ、体調を気づかう。すべて同じ仲間です。
たとえば、こんな職場を考えてみます
ここからは、理解しやすくするための仮の例です。実在の店舗の話ではありません。
小さな飲食店を想像してください。学生アルバイトのBさんは19歳。まじめですが口数が少なく、休憩時間はスマートフォンを見ています。仕事は特別速くも遅くもなく、店長からすると「特に問題のない子」です。
ある日、Bさんは「学業が忙しくなったので」と辞めていきます。店長は「まあ、学生だから仕方ないね」と受け止めます。翌月、新しい人を募集し、また一から教え直すことになります。
では、店長がこう言っていたらどうでしょうか。
「今日は雨のなか来てくれてありがとう。助かりました。また明日もよろしくね」
これで必ず引き止められる、という話ではありません。辞めた理由は本当に学業かもしれません。ただ、少なくともBさんにとって、この店は「自分が来たことに気づく人がいる場所」になります。そして店長は、Bさんの表情の変化から、辞める気配に早く気づけるかもしれません。
大事なのは、これが辞めさせないための魔法ではなく、辞める前に気づくための仕組みだということです。
言い方のコツ
同じ言葉でも、伝え方でまるで違うものになります。
名前を呼ぶ
「おつかれさま」を全体に投げるのと、「Bさん、おつかれさま」と言うのとでは、届き方が違います。存在承認は、名指しではじめて成立します。逆に言えば、名前を覚えていない相手には使えません。
事実を一つ添える
「来てくれてありがとう」だけだとお世辞に聞こえます。「今日は忙しかったのに、洗い場まで片づけてくれて助かりました」と、見たことを一つ足すだけで、社交辞令が観察の結果に変わります。
直後に用件をくっつけない
「また明日もよろしくね。ところで来週、もう一日シフト増やせない?」——この一文で、前半は帳消しになります。むしろ「褒めたあとに来る要求」として警戒されます。承認と依頼は、時間を空けてください。
三つ全部を毎日言わない
朝礼で三つ続けて唱えると、職場が少し不穏な雰囲気になります。どれか一つで十分です。回数より、言われた側が「見られている」と感じられるかどうかが大事です。
逆効果になる使い方
強い言葉なので、副作用もあります。
すでに辞意を伝えた人に繰り返さない。 何度も「辞めないで」と言うのは承認ではなく引き止めであり、罪悪感を利用した圧力になりかねません。日常の声かけと退職交渉は、まったく別のものとして扱ってください。
待遇改善の代わりにしない。 言葉は無料ですが、給料の代わりにはなりません。長時間労働が常態化した職場で「辞めないでね」とだけ言われれば、それは応援ではなく無理を頼まれているのと同じです。声かけは、労働条件を整えたうえでの上乗せです。
辞める人を悪者にしない。 退職者に冷たい空気を向けると、残った人は「ここは辞めると人格を否定される場所だ」と学習します。それは定着ではなく、次の退職の準備につながります。去る人を気持ちよく送り出すことも、残る人への承認です。
明日からできる、小さな一歩
制度は要りません。次の三つで始められます。
- 自分の職場で、いちばん口数の少ない人を一人思い浮かべる。 問題を起こさない人ほど、声をかけられる回数が少なくなります。
- その人について、事実を一つ書き出す。 書けなければ、まだ見ていないということです。まず一週間、観察してください。
- 今週中に、一対一で、一言だけ伝える。 「来てくれてありがとう」でも「また明日もよろしくね」でも構いません。
反応は人によって違います。照れる人、笑う人、「急にどうしたんですか」と警戒する人もいます。最初は空振りに見えても構いません。その言葉を言える関係かどうかを確かめること自体が、職場の健康診断になります。
まとめ
- 若い世代にとって、職場は五つの場のなかで最も「居場所」になりにくい場所です。学校も半分に届きません。
- 安心できる場所の数と自己肯定感はほぼ比例します。職場が一つ加われば、その人の居場所は一つ増えます。
- 「来てくれてありがとう」「また明日もよろしくね」「辞めないでね」は、成果を条件としない承認です。名前を呼び、事実を一つ添え、用件をくっつけないのがコツです。
- ただし、労働条件の改善をサボる言い訳にはできません。言葉は上乗せであって、代替品ではありません。
採用にかかる費用と時間を思えば、いま目の前にいる人に一言かけるコストは、ほとんどゼロです。そのゼロ円の一言が、誰かにとってこの世で数少ない居場所をつくるかもしれない。そう考えると、明日の朝が少し楽しみになりませんか。
参考情報
- こども家庭庁「こども・若者の意識と生活に関する調査」調査結果の概要Ⅱ(2025年3月公表)(PDF)

ミタスサポート事務所代表。富山県で中小企業向けに経営とIT支援を行っています。
中小企業診断士/ITストラテジスト/情報処理安全確保支援士。
確かな知識と実務経験を元に、役立つ情報を随時発信中。
小さな事業者向けに小回りの利くITサービスやサイバーセキュリティ対策に力を注いでいます。

