倉庫の棚にずらりと並んだ商品。バックヤードに積み上がった段ボール。それを眺めながら、「うん、これだけあれば当分は大丈夫だな」と、ちょっぴり満足感に浸ったことはありませんか。
その気持ち、よくわかります。お客様から急な注文が入っても即対応できる。仕入れ価格が上がる前にまとめ買いしておけば安心。何より、棚がスカスカだと商売がうまくいっていないように見える――。
ところが「在庫を減らしましょう」という話をすると、こう返ってこられる方が必ずいらっしゃいます。
「いや、うちの在庫はちゃんと売れる商品ばかりだから、多くても問題ないよ」
なるほど、ごもっともな気もします。それでは今回は、「売れる在庫なら多くてもいいのか?」「そもそもどういう在庫が”悪い在庫”なのか?」というテーマでお話ししたいと思います。
まず、在庫とは何かをおさらい
最初に基本のおさらいです。
在庫とは、お金が形を変えたものです。
たとえば100万円分の商品を仕入れたとします。その瞬間、あなたの財布から100万円が消え、代わりに段ボールの山が現れます。この段ボールはお客様に売れて初めて、再びお金に戻ります。売れなければ、ずっと段ボールのままです。
つまり在庫とは、「いつかお金に戻る予定の、現在お金じゃない何か」なのです。
このことを頭の片隅に置いておいてください。これからのお話の土台になります。
「売れる在庫」なら持っていてもいいのか
結論から申し上げます。
売れる在庫であっても、持ちすぎれば問題が出ます。ただし、売れない在庫はもっと深刻な問題を引き起こします。
つまり、「売れるか売れないか」と「量が適切か」という二つの軸で考える必要があるのです。
まずは「売れる在庫でも持ちすぎると何が起きるか」から見ていきましょう。
売れる在庫でも、持ちすぎれば困ること
第一に、お金が動かなくなります。
確実に売れる商品だとしても、それが売れるまでの間、仕入れに使ったお金は商品の姿のまま固まっています。会社の通帳には残高が少ないのに、倉庫には商品がパンパン。これでは、いざ家賃や仕入れ代金、従業員のお給料を払うときに、「あれ、お金が足りない……」となりかねません。倉庫の商品でお給料を払うわけにはいきませんから(むしろ払われた従業員のほうが困ります)、最悪の場合、黒字なのに資金繰りで会社が傾く、なんてことも起こり得ます。
第二に、保管にお金がかかります。
倉庫の家賃、光熱費、管理する人の人件費、棚卸しの手間、保険料……。商品自身は何も悪さをしていなくても、ただそこに「いる」だけで、毎月コストを発生させているのです。家賃を払い続けて居座る親戚のようなものです(しかも働きません)。
第三に、別のチャンスを逃します。
仕入れに使ったお金が固まっているということは、その分、新しい商品の仕入れや設備投資にお金を回せないということです。本当に売りたい商品が出てきたときに、「お金が在庫の中で寝ている」状態では身動きが取れません。
つまり、たとえ売れる在庫であっても、必要以上に持つことは「お金の使い方として非効率」ということになります。
では、どういう在庫が”悪い在庫”なのか
ここからが本題です。同じ「在庫」と一括りにしていても、中身をよく見るといくつかの種類に分かれます。私が思う「特に注意すべき悪い在庫」を四つご紹介します。
1.売れる見込みのない在庫(いわゆる”死に在庫”)
最もわかりやすい悪い在庫です。半年、一年、ひどい場合は数年単位で動いていない商品たち。
倉庫の奥のほうで、ホコリをかぶり、段ボールの色も少し褪せて、もはや「在庫」というより「景色の一部」になっている商品はありませんか。これは在庫ではなく、お金の墓場です。
しかも厄介なことに、これらの商品は会社の帳簿の上では「資産」として扱われています。実態はほぼ価値がなくても、書類上は立派な財産として鎮座している。これは健康診断で問題が見つからないのに体調が悪いようなもので、数字だけ見ていると気づきにくいのです。
2.「なんとなく不安」で持っている在庫
「いや、いつ大口の注文が来るかわからないし……」「念のため多めに……」――こうした”気持ちで持っている在庫”も、けっこう曲者です。
不安を在庫で埋めるのは、お腹が空いていないのに不安だからお菓子を食べてしまうのに似ています。一時的に安心はできますが、根本的な不安は解消されませんし、後で別の問題を生みます。
本当に必要なのは、「過去の注文データを見て、どのくらいの在庫があれば足りるかを根拠を持って決める」という地味な作業です。「なんとなく」を「だいたいこのくらい」に変えるだけで、抱える在庫はぐっと減ります。
3.「安いから」とまとめ買いした在庫
「今ならまとめて買えば1個あたり○○円安くなりますよ」――この甘い言葉に乗せられた在庫です。
仕入れ単価は確かに下がります。でも、それは「売り切れたら」の話。売り切るまでに何ヶ月もかかれば、その間の保管コスト、値下げリスク、資金繰りへの影響を考えると、トータルではむしろ損していることが少なくありません。
4.「昔は売れていた」在庫
これも見落とされがちな悪い在庫です。
過去に売れていた商品を、同じペースで仕入れ続けてしまうケース。流行や顧客の好みは変わるのに、発注のリズムだけ昔のまま。気づくと、棚に並んでいるのは「過去の人気商品」ばかり、ということになります。
これは過去の栄光を引きずる人にちょっと似ていまして、当時の感覚のままだと、今の現実が見えなくなってしまうのです。
具体的なお話 〜街の電器屋さんのケース〜
少しイメージしやすくするため、よくあるお話をご紹介します。
ある街の電器屋さんが、メーカーのキャンペーンで「テレビを50台まとめて仕入れると、1台あたり1万円安くなる」と言われたとします。普段は月に5台ほどしか売れないお店です。
店主は考えます。「このテレビは人気モデルだし、確実に売れる。1台1万円安いなら50万円もお得じゃないか。よし、買おう」
ここがポイントです。店主は「売れない在庫」を仕入れたわけではありません。実際、仕入れた時点では「売れる在庫」でした。
ところがその後――。
- 50台売り切るのに10ヶ月かかりました
- その間、倉庫の半分がテレビで埋まり、他の商品が置けなくなりました
- 8ヶ月目に新モデルが発売され、残り10台は値下げしないと売れなくなりました
- 結果、値下げ分で「1台1万円安く仕入れたお得分」は吹き飛びました
しかも、まとめ買いに使った現金が手元から消えていたため、別の人気商品の入荷チャンスを逃してしまいました。
仕入れた瞬間は「売れる在庫」だったものが、時間の経過とともに「売れない在庫」に変わってしまったのです。
ここから学べることは、「売れる在庫」と「売れ続ける在庫」は別物だ、ということです。今売れていることと、来月も再来月も売れることは、必ずしもイコールではありません。
ではどうすればいいのか
「じゃあ在庫はゼロがいいのか」というと、もちろんそんなことはありません。お客様が買いに来たのに商品がない、というのも困ります。適度な在庫はビジネスを回す潤滑油でもあります。
大切なのは、「売れる × 適量」の在庫だけを持つという意識です。
そのためにできることをいくつか挙げてみます。
第一に、商品ごとに動きを把握することです。「全体としてだいたい売れている」ではなく、「この商品はどのくらいの頻度で売れているか」を一品ずつ見るようにしましょう。
第二に、長く動いていない商品は、思い切って処分する勇気を持つことです。「もったいない」と抱え続けるほど、保管コストで損が膨らみます。これは恋愛にも似ていて、うまくいかないものを未練がましく抱えていてもいいことはありません(と、聞いたことがあります)。
第三に、仕入れの判断基準を「単価が安いか」だけでなく「売り切るまでの期間」と「その間のコスト」も含めて考えることです。
第四に、たまに倉庫を歩いて、「君、そういえばいつからここにいるんだっけ?」と一つひとつに声をかけてみてください。返事がないのは当然ですが、こちらが気にかけることで、見えていなかった在庫が見えてきます。
おわりに
「在庫が多くて何が悪いのか」という問いに対する答えは、こうなります。
「売れる在庫」であっても多すぎれば、お金の流れを止め、コストを生み、チャンスを逃します。「売れない在庫」であれば、それに加えて、価値そのものが目減りし、最終的にはお金を捨てることになります。
そして一番怖いのは、仕入れた瞬間は「売れる在庫」だったものが、時間の経過とともに「売れない在庫」に変わってしまうことです。在庫は仕入れて終わりではなく、抱えている間ずっと、価値が変わり続けているのです。
棚がぎっしり埋まっている景色は、たしかに頼もしく見えます。でも、その奥で静かに減っていく現金や、じわじわ古くなっていく商品のことも、ときどき思い出してあげてください。

ミタスサポート事務所代表。富山県で中小企業向けに経営とIT支援を行っています。
中小企業診断士/ITストラテジスト/情報処理安全確保支援士。
確かな知識と実務経験を元に、役立つ情報を随時発信中。
小さな事業者向けに小回りの利くITサービスやサイバーセキュリティ対策に力を注いでいます。

