DXという言葉に身構える前に ── 中小企業のための「等身大」のはじめ方

「DX」。この二文字、ちょっと厄介ですよね。

新聞でも、テレビでも、商工会議所のセミナー案内でも、見ない日がないくらいの言葉になりました。ところが、この言葉を聞いて素直にワクワクできる方は、どれくらいいらっしゃるでしょうか。

「なんだか難しそう」「お金がかかりそう」「うちみたいな会社には縁がなさそう」――そんな声を、現場でよく耳にします。

もし、DXと聞いて「最新のAIを導入して、ロボットがてきぱき働く近未来オフィスを作ること」のようなイメージを持っておられるなら、まずはそのイメージを脇に置いてみてください。中小企業のDXは、もっと地に足のついた、むしろ「人間くさい」ところから始まります。

今回は、DXという言葉に振り回されず、自社にとって本当に意味のある一歩を踏み出すための考え方をお伝えします。

この記事は、「DXで成功した中小企業 ~現場を変えたリーダーたち~【X THEME(クロス・テーマ)】#1」を参考にして作成しています。

第1章 DXは「目的」ではなく「結果」です

最初にお伝えしたい、いちばん大事なことがあります。

「DXをやること」を目的にしてはいけません。

世の中には「御社もDXに取り組みましょう!」と勧めてくる人がたくさんいます。気持ちはわかるのですが、この呼びかけに乗ってしまうと、たいてい途中で迷子になります。なぜなら、DXそのものは、何かを良くしてくれる魔法ではないからです。

うまくいっている会社の話をよく聞いてみると、面白いことに気づきます。みなさん、最初からDXを目指していたわけではないのです。考えていたのは、もっと素朴で切実なことでした。

  • 「このやり方を続けていたら、たぶん数年後、会社がもたない」
  • 「毎晩遅くまで伝票と格闘している経理担当をなんとかしてあげたい」
  • 「在庫がどこに何個あるのか、誰も正確に把握できていないのを直したい」

目の前の「困った」を、たまたまITという道具を使って解決した。それを後から見た周りの人が「それ、DXですね」と呼んでいる。順序としては、こちらの方が正確です。

たとえるなら、「健康になりたいからジムに通う」のは自然ですが、「最新のトレーニングウェアを揃えること」が目的になってしまうと、なんだか様子がおかしくなりますよね。DXもこれと似ています。大切なのは、自社にとっての「困った」を見つけることです。

第2章 原動力は「もっと楽をしたい」で十分です

DXという言葉が肩肘を張って聞こえるなら、もっと身も蓋もない言い方に置き換えてみましょう。

「いかに楽をするか」

これに尽きます。誤解のないように申し上げると、決してサボろうという話ではありません。

  • 同じ数字を、伝票・台帳・報告書と、三回書き写している
  • 在庫を確認するために、毎回工場の奥まで歩いて行っている
  • 月末になると、会議資料を印刷してホチキス留めするためだけに半日が消える

こうした作業を、私たちはつい「仕事だから仕方ない」と受け入れてしまいます。ですが、改革に成功する経営者や現場リーダーは、ここで素直に「面倒くさい」と感じる感性を持っています。この「面倒くさい」という感覚こそが、改善の出発点です。

「効率化のためにシステムを導入しましょう」と言われると身構えますが、「これを使えば、毎週金曜の残業が消えますよ」と言われたら、少し聞いてみたくなりませんか。スタートはそれくらいの動機で十分です。

第3章 最初の一歩は、できるだけ小さく

「IT化って、何千万円もかかるんでしょう?」

これもよく聞かれる質問です。たしかに、大企業向けの大掛かりな仕組みを丸ごと入れようとすれば、それくらいの金額になることもあります。

ただ、中小企業にとっての正解は、たいていそこにはありません。むしろ、「身の回りにある安いツールで、まず小さく始めてみる」ことの方が、圧倒的に成功率が高いのです。

最近は、月額数千円から使えるクラウドサービスや、専門知識がなくても業務アプリが作れるツールが、本当にたくさんあります。場合によっては、エクセルの使い方を少し工夫するだけでも、立派な第一歩になります。

最初から100点を目指す必要はありません。20点や30点でいいので、現場の誰かが「お、ちょっと楽になったな」と感じる。その小さな成功体験を積み重ねていくのが、中小企業のDXの王道です。

完璧主義は、DXの最大の敵と言ってもいいかもしれません。

第4章 ある町工場の話 ── 「鈴木さんの頭の中」を解放する

少し、よくある話をご紹介します。

ある金属加工の町工場での出来事です。社員30名ほどの会社で、長年、現場のすべてを取り仕切っているのが、ベテランの鈴木さん(仮名)でした。

職人としての腕も一流、段取りも完璧、お客様からの信頼も厚い。誰もが「鈴木さんがいるから、うちの工場は回っている」と口を揃えていました。

ところが、これが逆に問題になっていました。

  • 営業が納期を確認したいときは、鈴木さんに電話するしかない
  • 鈴木さんが体調を崩して休んだ日は、現場が止まってしまう
  • 急な仕様変更があると、鈴木さんしか対応の判断ができない
  • 若手が「次、何をすればいいですか」と一日に何度も聞きにくる

社長としては、ありがたい反面、どこか不安を感じていました。「もし鈴木さんが急に辞めたら……」と。鈴木さん自身も、休みの日に何度も電話がかかってきて、釣りに出かけても気が休まらない、とこぼしていたそうです。

この会社が最初に取り組んだのは、たいそうなシステムの導入ではありませんでした。「鈴木さんの頭の中にある情報を、みんなが見られるようにする」ということ。それだけです。

具体的には、無料で使える共有ボードのアプリを入れて、各案件の進捗を入力していくようにしました。最初は鈴木さんも「入力が面倒だ」とぶつぶつ言っていたそうです。しかし、二週間ほど経った頃から、変化が出てきました。

営業担当が、いちいち電話で確認しなくても、自分で納期を答えられるようになりました。若手も、画面を見て「次はこれだな」と自分で動けるようになりました。

そして、いちばん驚いたのは鈴木さんでした。「いちいち聞かれるストレス」から解放され、自分の本来の仕事である技術指導や難しい案件に集中できるようになったのです。釣りの日に電話が鳴ることも、ぐっと減ったそうです。

使ったツールの費用は、月に数千円。それだけで工場の景色が変わりました。これも、立派なDXのひとつの形です。

ちなみにこの社長、最近では「鈴木さんが釣りに行くたびに大物を釣ってくるようになった」と笑って話されています。心の余裕は、釣果にも出るようです。

第5章 最大の壁はシステムではなく「人の気持ち」

ここまで読んで、「なるほど、やってみようかな」と思っていただけたら嬉しいのですが、現実にはもうひとつ、大きな壁があります。

それは、人の気持ちです。

新しいやり方を導入しようとすると、ほぼ必ずと言っていいほど、現場から声が上がります。

  • 「今のままで困っていない」
  • 「パソコンは苦手だから無理」
  • 「自分の仕事が奪われるんじゃないか」

こうした反応は、抵抗というよりも、ごく自然な反応です。長年慣れ親しんだやり方を変えるのは、誰にとっても勇気のいることだからです。ここで「会社の方針だから」と力ずくで進めてしまうと、せっかく導入したツールも、現場で静かに見捨てられてしまいます。

うまくいく会社に共通しているのは、ツールを変える前に、人の気持ちに寄り添っているという点です。

  • 苦手な人には若手が隣についてサポートする
  • 入力項目はできるだけ少なく、押すボタンも最小限にする
  • 「これを使うと、あなた自身がどう楽になるか」を、繰り返し丁寧に伝える

DXは、ツールを入れて終わりではありません。「みんなで、もう少し楽に、もう少し良い仕事をしよう」という空気を、社内に少しずつ作っていく取り組みです。

ここを抜きにしたDXは、たいてい長続きしません。

第6章 ゴールはなく、続いていくもの

少し残念なお知らせをすると、DXに「ここまでやれば完了」というゴールはありません。ひとつ課題を解決すると、また次の課題が見えてきます。会社が成長すれば、必要な道具も変わってきます。

ただ、これは決して悪い話ではないと思っています。

「去年の自分たちより、今の自分たちの方が、ほんの少し楽に、ほんの少し賢く働けている」

この実感を積み重ねていくこと自体が、DXの本当の面白さです。会社が静かに、しかし着実に強くなっていく感覚を、現場のみなさんと共有できる。これは、経営者にとってかなり嬉しい瞬間ではないかと思います。

おわりに ── 「不便」のメモから始めてみませんか

もしこの記事を読んで、「うちのあの作業、もしかしてもっと楽にできるかも」と一瞬でも思っていただけたなら、それがあなたの会社のDXの、本当の意味でのスタート地点です。

カタカナの新しい言葉に身構える必要はありません。難しい本を読み込む必要もありません。

まずは、社内を見渡してみてください。

「あの紙、本当に必要なんだっけ」「この作業、なんでこんなに時間がかかってるんだっけ」「これ、誰かに聞かないとわからないって、そもそも変じゃないか」

そういう小さな違和感を、ノートでもスマホのメモでも構わないので、書き留めてみる。それが、自社にぴったりの、等身大のDXの第一歩になります。

DXは、特別な会社のための特別な取り組みではありません。目の前の「不便」と向き合う、ごく当たり前の経営努力の延長線上にあるものです。

肩の力を抜いて、できるところから。お互い、無理のないペースで進めていきましょう。

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