安全管理の「はひふへほ」――3Hをもっと覚えやすく、現場を守る合言葉

安全管理に携わる方なら、「3H」という言葉を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

「初めて(Hajimete)」「変更(Henkou)」「久しぶり(Hisashiburi)」。

この3つの頭文字をとった3Hは、労働災害やヒューマンエラーが起きやすい場面を端的に表した、非常に優れたキーワードです。実際、多くの現場でこの3Hを活用した安全教育が行われています。

しかし、現場で起こるトラブルを観察していると、この3つに加えて意識しておきたい視点がもう少しあるように感じます。

そこで今回は、3Hにあと2つの視点を加えて「はひふへほ」にしてみました。せっかく「は行」に揃うのですから、五十音の流れに乗せてまとめて覚えてしまいましょう。3つ覚えるのも5つ覚えるのも、語呂がよければ手間はそう変わりません。

「はひふへほ」の全体像

まずは一覧を見てみましょう。

  • :初めて
  • :久しぶり
  • :不平、不満
  • :変更
  • :褒めない、ほったらかし

上3つの「は・ひ・へ」は、従来の3Hそのものです。そこに「ふ(不平・不満)」と「ほ(褒めない・ほったらかし)」を加えました。では、一つずつ見ていきましょう。

「は」――初めて

新しい作業、新しい機械、新しい職場。「初めて」の場面では、当然ながら経験値がゼロです。何が危険で、どこに注意すべきかの勘所がまだ身についていません。

たとえば、新しく入った従業員がフォークリフトの行き交う倉庫内を歩くとき。慣れた人なら「この角を曲がるときはフォークリフトが来るかもしれない」と自然に警戒できます。しかし初めての人には、その「かもしれない」がありません。悪気がないのに危険なゾーンに足を踏み入れてしまう。これが「初めて」のリスクです。

対策としては、やはり丁寧な導入教育と、最初のうちは経験者が横についてフォローする体制が欠かせません。「見ればわかるだろう」は、安全管理において最も危険な思い込みの一つです。

「ひ」――久しぶり

連休明け、長期休暇からの復帰、年に一度しかやらない作業。「久しぶり」の場面もまた、事故が起きやすいタイミングです。

人間の記憶というのは思った以上に頼りないもので、「前にやったことがあるから大丈夫」という自信が、かえって確認作業を省略させてしまいます。「初めて」のときは慎重だったのに、「久しぶり」のときは妙に自信がある。ここが厄介なところです。

よくあるのが、ゴールデンウィークやお盆休み明けの工場で、機械の操作手順を微妙に間違えるケースです。体は覚えているつもりでも、手順の一部が抜け落ちている。車の運転でも、しばらく運転していなかった人がいきなり高速道路に乗ると怖いですよね。あの感覚と同じです。

対策は、「久しぶり」の場面では「初めて」と同じレベルの慎重さに戻ること。チェックリストの再確認やウォーミングアップ的な軽作業から始めるなど、「思い出す時間」を意識的に設けることが大切です。

「ふ」――不平、不満

ここからが、従来の3Hにはなかった新しい視点です。

「なんで自分だけこの作業をやらされるんだ」「あの人ばかり楽な仕事をしている」「給料に見合っていない」。こうした不平や不満を抱えた状態で作業をすると、注意力が著しく低下します。

これは精神論ではなく、ごく当たり前の心理メカニズムです。頭の中が不満でいっぱいになっているとき、人は目の前の作業に集中できません。イライラしながら包丁を使えば指を切りやすくなりますし、ムカムカしながら車を運転すれば荒い運転になります。

ある工場で、配置転換に不満を持っていた従業員が、普段なら絶対にしないような手順の省略をして軽いケガをした、という話を聞いたことがあります。本人に聞くと「なんかもう、どうでもよくなっちゃって」とのこと。不満が安全意識のタガを外してしまった典型的な例です。

では、不平不満をゼロにすればいいかというと、それは現実的ではありません。人が集まれば不満は必ず出ます。大事なのは、不満が「溜まりすぎる前に」気づいて対処すること。日頃のコミュニケーション、定期的な面談、意見を言いやすい雰囲気づくり。地味ですが、これらが安全管理の土台になります。

不平不満は、温度計のようなものです。少し上がったくらいで気づけば対処できますが、沸騰してからでは手遅れになりかねません。

「へ」――変更

作業手順の変更、担当者の変更、設備のレイアウト変更、原材料の変更。「変更」があったときは、それまでの「慣れ」が通用しなくなる瞬間です。

厄介なのは、変更の規模が小さいほど油断しやすいという点です。大きな変更――たとえば新しい機械の導入――であれば、誰もが「気をつけなきゃ」と思います。しかし、「ちょっとした手順変更」「担当者が一人変わっただけ」といった小さな変更では、「まあ大丈夫だろう」と流してしまいがちです。

実は、この「まあ大丈夫だろう」が一番危ない。小さな変更が重なって、いつの間にか現場の安全マージンが削られていきます。安全管理の世界に「スイスチーズモデル」という考え方があります。スイスチーズの薄切りを何枚も重ねたとき、それぞれのスライスには小さな穴が空いています。普段は穴の位置がバラバラなので問題が起きませんが、たまたま穴が一直線に並んでしまうと、そこを事故がすり抜けてしまう――というものです。小さな変更が重なるというのは、まさにこの穴が少しずつ揃っていく状態です。

対策は明快で、どんなに小さな変更でも、「変更があった」という事実そのものを共有すること。朝礼や引き継ぎで「今日からここが変わりました」と一言伝えるだけで、事故のリスクはぐっと下がります。

スイスチーズモデルのイメージ図。それぞれには欠陥があっても重ならなければどこかで貫通を防ぐこと(防御)ができる。

「ほ」――褒めない、ほったらかし

最後の「ほ」は、マネジメントの視点から見た安全リスクです。

安全に作業をしている人に対して、何のフィードバックもしない。「褒めない」。 ヒヤリハットの報告が上がってきても、特に対策を講じない。「ほったらかし」。

この二つが常態化すると、現場はじわじわと危険な方向に傾いていきます。

考えてみてください。毎日きちんとルールを守って安全に作業している人がいるとします。しかし、誰からも何も言われない。一方で、多少ルールを無視して手を抜いている人も、同じように何も言われない。これが続くとどうなるか。真面目にやっている人の方が「なんだ、頑張っても意味ないな」と感じてしまいます。

人間は、反応がないことには驚くほど弱い生き物です。お笑い芸人さんが「スベるより怖いのは無反応」とよく言いますが、安全管理にも同じことが言えます。良い行動を見たら「ありがとう」「助かるよ」と一言伝える。報告が上がったら必ずリアクションを返す。これだけで、安全に対する現場の意識は大きく変わります。

逆に「ほったらかし」が続くと、「どうせ言っても無駄」という空気が蔓延し、ヒヤリハット報告は減り、見て見ぬふりが増え、やがて大きな事故につながります。「褒めない・ほったらかし」は、目に見えにくいからこそ怖いリスク要因なのです。

具体例:「はひふへほ」で振り返る、ある現場のトラブル

ここで一つ、いくつかの要素が重なった架空の(しかしよくある)事例を紹介します。

ある製造現場で、ベテランの田中さん(仮名)が軽いケガをしました。状況を整理すると、こうです。

田中さんは2週間の休暇明けで(ひ:久しぶり)、休暇中に作業手順が一部変更されていました(へ:変更)。変更内容は朝礼で伝えられたものの、田中さんはその日たまたま朝礼に間に合わず、同僚から「ちょっと変わったらしいよ」と軽く聞いただけでした(ほ:ほったらかし)。さらに、休暇前から配置転換の件で上司に不満を感じていました(ふ:不平・不満)。

結果として、田中さんは以前の手順のまま作業を進め、変更されたポイントで手を挟んでしまいました。

このケースでは、「はひふへほ」のうち4つが重なっています。一つひとつは小さなリスクでも、重なると事故になる。先ほどのスイスチーズモデルのように、穴が一直線に並んでしまった状態です。

もし周囲の誰かが「田中さん、久しぶりだから手順の変更点、もう一回確認しましょうか」と声をかけていたら。もし日頃から田中さんの不満に耳を傾けていたら。もし安全行動を褒める文化が根付いていたら。どこか一つでもチーズの穴を塞げていれば、結果は違ったかもしれません。

「はひふへほ」を現場に定着させるには

せっかく語呂合わせで覚えやすくしたので、ぜひ現場で活用していただきたいと思います。いくつかのアイデアを挙げてみます。

まず、朝礼やミーティングで「今日の『はひふへほ』チェック」を取り入れてみてはいかがでしょうか。「今日、初めての作業をする人はいますか?」「久しぶりの作業はありますか?」「最近、変更されたことはありますか?」と確認するだけで、リスクの所在が見えてきます。

次に、ポスターや掲示物にして目につく場所に貼っておくのも効果的です。五十音の「はひふへほ」は誰でも知っていますから、一度覚えてしまえば忘れにくいのが強みです。

そして最も大切なのは、「ほ」の対策を管理者自身が率先して実践することです。安全行動を見かけたら声をかける。報告にはリアクションを返す。これは特別な仕組みがなくても、今日からすぐにできることです。

おわりに

安全管理の「はひふへほ」。

  • :初めて
  • :久しぶり
  • :不平、不満
  • :変更
  • :褒めない、ほったらかし

従来の3H(初めて・変更・久しぶり)が「作業そのもの」に潜むリスクに着目しているのに対し、新たに加えた「ふ」と「ほ」は「人の気持ちやマネジメント」に潜むリスクに光を当てています。事故は、作業の難しさだけでなく、人の心の状態からも生まれるものです。

「はひふへほ」と唱えるだけなら3秒。でも、この3秒が誰かの安全を守るきっかけになるかもしれません。

ぜひ、明日の朝礼から使ってみてください。最初は「何それ?」と笑われるかもしれませんが、笑って覚えてもらえるなら、それはそれで大成功です。

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