「当たり前のこと」が、いちばん難しい。

「当たり前のことをちゃんとやりましょう」。

こう言われて、反論できる人はほとんどいないと思います。「いや、私は当たり前のことなんてやりたくないですね」と堂々と言い返す人がいたら、逆にちょっと会ってみたいくらいです。

ところが、この「当たり前のことをちゃんとやる」というのが、言うほど簡単ではありません。むしろ、仕事でもプライベートでも、うまくいかないときの原因をたどっていくと、だいたいこの一言に行き着きます。

今回は、この一見シンプルなテーマについて、少し掘り下げて考えてみたいと思います。

第1章 そもそも「当たり前」とは何か

まず、「当たり前のこと」と聞いて、みなさんは何を思い浮かべるでしょうか。

朝、時間どおりに起きる。約束の時間に遅れない。頼まれたことを期限までにやる。メールの返信をちゃんとする。ゴミはゴミ箱に捨てる。挨拶をする。お礼を言う。謝るべきときに謝る。

書き出してみると、どれも幼稚園や小学校で教わるようなことばかりです。大人が改めて語るには、少し気恥ずかしいラインナップかもしれません。

でも、だからこそ厄介なのです。

「当たり前のこと」は、あまりにも基本的すぎて、わざわざ意識しなくなります。呼吸と同じで、意識しなくても何とかなっている――と、本人は思っています。しかし実際には、少しずつズレていることに気づかないまま過ごしてしまう。ここに落とし穴があります。

第2章 なぜ「ちゃんとやる」が難しいのか

では、なぜ当たり前のことを「ちゃんとやる」のは難しいのでしょうか。いくつか理由があると思います。

理由その1:地味だから。

当たり前のことを当たり前にやっても、誰も褒めてくれません。「今日も遅刻しませんでしたね、すごい!」とは、普通言われません。逆に、できていないときだけ指摘される。これでは、モチベーションが上がらないのも無理はありません。人間は、やはり「すごいですね」と言われたい生き物です。

理由その2:慣れが油断を生むから。

最初のうちは丁寧にやっていたことでも、慣れてくると「まあ、このくらいでいいか」という気持ちが出てきます。そして、その「このくらい」の基準が、気づかないうちに少しずつ下がっていきます。茹でガエルの話に似ています。お湯がゆっくり温まっていると、カエルは逃げるタイミングを失う、というあの話です(実際のカエルはちゃんと逃げるそうですが、たとえ話としてはよくできています)。

理由その3:忙しさを言い訳にしてしまうから。

「やるべきだとはわかっているけど、今は忙しいから」。この言葉は本当に便利です。便利すぎて、つい使いすぎてしまいます。しかし冷静に考えると、「忙しいから当たり前のことができない」という状態は、すでに何かがおかしいのです。忙しいときこそ基本に立ち返るべきなのに、忙しいからこそ基本が疎かになる。皮肉な話です。

第3章 ある飲食店の話 ― 具体例から考える

ひとつ、わかりやすい例を挙げてみます。

ある地方都市に、開業して数年の飲食店がありました。オープン当初は、料理の味もサービスもよく、口コミで評判が広がり、連日満席が続いていたそうです。

ところが、1年ほど経ったあたりから、少しずつお客さんが減り始めました。店主は「近くに競合店ができたからだ」と考え、新メニューの開発やSNSでの発信に力を入れました。でも、客足は戻りません。

ある日、常連だったお客さんがぽつりとこう言いました。

「最近、テーブルが拭ききれてないことが多いんだよね」。

店主にとっては衝撃的だったそうです。新しいメニューを考えることに夢中になるあまり、開店前のテーブル拭き、トイレの掃除、お客さんが来店したときの「いらっしゃいませ」の声のトーン、料理を出すタイミング。そうした基本中の基本が、少しずつ雑になっていたのです。

この話は、飲食店に限ったことではありません。

どんな仕事でも、目の前のお客さんや関係者に対する「基本動作」がおろそかになると、信頼は静かに、しかし確実に失われていきます。しかも困ったことに、信頼が失われていくプロセスは、本人にはなかなか見えません。お客さんは、不満があっても多くの場合、何も言わずにただ離れていくからです。

第4章 「当たり前」を続けるための工夫

「よし、じゃあ明日から気を引き締めよう」。

そう決意した翌日だけ頑張って、3日後にはもう元に戻っている。これもまた、よくある「当たり前」の光景です。気合いだけでは長続きしません。

では、どうすればいいのでしょうか。いくつかのヒントをお伝えします。

①「当たり前」を書き出してみる

まず、自分にとっての「当たり前にやるべきこと」を一度、紙やメモに書き出してみてください。頭の中にあるだけだと、「わかっているつもり」で終わってしまいます。書き出してみると、「あ、これ最近サボっていたな」と気づくことが意外とあるものです。

②チェックリスト化する

書き出したら、それをチェックリストにしてしまうのも効果的です。「チェックリストなんて大げさな」と思うかもしれません。しかし、飛行機のパイロットは、何千時間も飛んだベテランであっても、毎回のフライト前に必ずチェックリストを確認します。プロだからこそチェックリストを使う、と言ってもいいかもしれません。

③定期的に振り返る

月に一度でも、週に一度でも構いません。「最近、基本的なことがちゃんとできているだろうか」と立ち止まって振り返る時間をつくることが大事です。自分ひとりで振り返るのが難しければ、信頼できる人に率直なフィードバックをもらうのもいい方法です。耳が痛いことを言ってくれる人は、実はとても貴重な存在です。

第5章 「当たり前」の積み重ねが、差になる

ビジネスの世界では、しばしば「差別化」や「独自性」が大事だと言われます。もちろん、それは間違いではありません。

しかし、差別化の前に、まず土台がしっかりしているかどうか。ここが抜け落ちていると、どんなに斬新なアイデアを打ち出しても、砂の上に城を建てるようなものです。

逆に言えば、当たり前のことを当たり前に、しかも長く続けられるということ自体が、実はものすごい差別化になります。なぜなら、ほとんどの人が途中でやめてしまうからです。

毎日、きちんと挨拶をする。期限を守る。報告をこまめにする。相手の話を最後まで聞く。感謝を伝える。こうしたことを、1日や2日ではなく、1年、3年、5年と続けていく。それだけで、周囲からの信頼は驚くほど厚くなっていきます。

派手さはありません。SNS映えもしません。でも、確かな力があります。

おわりに ― 今日からできること

最後に、ひとつだけお伝えしたいことがあります。

「当たり前のことをちゃんとやる」というのは、完璧主義になることではありません。一度も失敗しない、ということでもありません。

大事なのは、できていないことに気づいたら、そこで軌道修正すること。そして、昨日より少しでもよくなろうとすること。その小さな積み重ねが、やがて大きな違いを生み出していきます。

何か特別なことをしなくても、高価なツールを導入しなくても、画期的なアイデアを思いつかなくても。まずは、目の前の「当たり前」を、もう一度ていねいにやってみる。

それが、いちばんの近道なのかもしれません。

―― と、ここまで偉そうに書いてきましたが、私自身、今朝の歯磨きが30秒くらいで終わっていた気がします。まずは自分の「当たり前」から見直すとしましょう。

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