「システムを導入したのに、かえって仕事が増えた気がする」
こうした声を耳にすることは、決して珍しくありません。高いお金を払って最新のツールを入れたのに、現場からは「前のやり方のほうが早かった」という不満が出る。結局、システムとは別にこれまで通りの手作業も続けてしまい、仕事が二重になる。そんな残念な結末を迎えるケースが、世の中には意外とたくさんあります。
なぜこんなことが起きるのでしょうか。
答えはシンプルです。IT化の本質は「便利な道具を買うこと」ではなく、「仕事のやり方をそろえること」、つまり標準化だからです。ここを飛ばしてシステムだけを入れると、高い確率でつまずきます。
今回は、この「IT化とは標準化である」というテーマについて、できるだけわかりやすくお話しします。
そもそも「標準化」とは何か
標準化と聞くと、なんだか堅苦しい言葉に感じるかもしれません。しかし中身はとても単純で、「同じ仕事は、誰がやっても同じやり方でやるように決めること」です。
たとえば、こんな状態を想像してみてください。
- Aさんは注文をExcelに記録している
- Bさんは手書きのノートに記録している
- Cさんは「だいたい覚えているので大丈夫です」と言っている
同じ「注文を受ける」という仕事なのに、3人が3通りのやり方をしている。これが「標準化されていない状態」です。ちなみにCさんのような方は、たいてい記憶力に自信があり、そして年に数回、盛大に忘れます。
標準化とは、この3人のやり方を「注文はこの様式で、この場所に、この順番で記録する」と一本にそろえることです。それだけのことなのですが、これが実はIT化の成否を分ける最大のポイントになります。
なぜIT化の前に標準化が必要なのか
理由を一言でいえば、コンピュータは融通が利かないからです。
人間は優秀です。「注文書の書き方が人によって多少違っても、なんとなく読み取って処理する」ということができます。FAXで来ようが、電話のメモ書きだろうが、「例のやつ、いつもの数で」という謎の注文だろうが、ベテラン社員なら対応できてしまいます。
しかし、コンピュータにはこれができません。システムは「決められた形式のデータを、決められた手順で処理する」ことしかできないのです。
つまり、こういうことです。
- 仕事のやり方がバラバラなまま → システムはどのやり方に合わせればいいかわからない → 誰かのやり方に合わせると、他の人が「使いにくい」と不満を持つ → 結局使われなくなる
- 仕事のやり方がそろっている → その手順をそのままシステムに置き換えられる → 全員がスムーズに移行できる
よく「IT化は業務をシステムに合わせるか、システムを業務に合わせるかだ」という議論がありますが、その前段階として「そもそも社内の業務が一つに定まっているか」という問題があるのです。社内に3通りのやり方があったら、システムに合わせるも何も、どれが「うちの業務」なのかすら決まっていないわけです。
具体例:ある会社の「受注業務」の話
イメージしやすいように、よくある例を一つご紹介します。特定の会社の話ではなく、多くの中小企業で見られる一般的な光景だと思ってください。
ある卸売業の会社では、お客様からの注文を次のような方法で受けていました。
- FAXで届く注文書(様式はお客様ごとにバラバラ)
- 電話での注文(受けた人がメモを取る)
- 営業担当者が訪問時に口頭で聞いてくる注文
- 最近増えてきたメールでの注文
そして、受けた注文の処理方法も人それぞれでした。ある人はすぐに伝票を起こし、ある人はまとめて夕方に処理し、ある人は「頭の中の受注リスト」で管理していました。まるで秘伝のタレのように、各自の仕事のやり方が長年継ぎ足されて、誰にも全体像がわからなくなっていたのです。
この会社が「受注管理システム」を導入したらどうなるでしょうか。
おそらく、こうなります。まず、電話注文のメモをシステムに入力する係が必要になります。FAXの内容も転記が必要です。営業担当者は「外出先から入力するのは面倒だ」と言って、結局帰社後にまとめて入力するか、事務員さんに丸投げします。「頭の中の受注リスト」の方は、そもそも入力という文化がありません。
結果、システムの中のデータは「一部の注文だけが、遅れて入っている」状態になります。データが不完全なので、誰もシステムを信用しません。信用されないシステムは使われず、みんな元のやり方に戻っていきます。システムだけが、月額利用料とともに静かに存在し続けます。
では、どうすればよかったのか。
システム導入の前に、まず受け方と処理の仕方をそろえるのです。たとえば、
- 注文の受付方法を整理する(電話注文は専用の受付メモに必ず記入する、FAXの様式はお客様にお願いして統一していく、など)
- 「注文を受けたら、その日のうちに、この手順で記録する」というルールを決める
- 例外(急ぎの注文、特殊な条件の注文)の扱い方も決めておく
- 全員がそのルールで数週間やってみて、不都合を直す
ここまでやってからシステムを入れると、話は簡単です。すでに「決まった手順」があるので、それをシステム上の操作に置き換えるだけだからです。紙のメモがシステムの入力画面に変わるだけで、仕事の流れそのものは変わりません。現場の混乱は最小限で済みます。
標準化を進めるときの3つのポイント
では、標準化はどう進めればよいのでしょうか。ポイントを3つに絞ってお伝えします。
1. まず「今のやり方」を書き出す
いきなり「あるべき姿」を考える必要はありません。まずは、今それぞれの人がどんな手順で仕事をしているかを書き出します。これを業務の「棚卸し」と呼びます。
やってみると、たいてい驚きの発見があります。「え、そんな手順があったの?」「その確認、二人ともやってたの?」「その書類、誰も見てないのに毎月作ってたの?」。誰も読んでいない日報が10年間作られ続けていた、というのはこの世界ではよくある話です。
2. 「例外」を減らす
標準化の最大の敵は例外です。「基本はこのやり方だけど、あのお客様だけは特別」「この商品のときだけは別ルート」。こうした例外が多いほど、仕事は複雑になり、システム化も難しくなります。
もちろん、大事なお客様への特別対応など、残すべき例外もあります。しかし棚卸しをしてみると、「昔の担当者がそうしていたから」というだけで続いている、理由のよくわからない例外がかなり見つかるものです。これらを一つずつ「本当に必要ですか?」と問い直し、減らしていきます。
3. 「決める」ことから逃げない
やり方をそろえるということは、「誰かのやり方を採用し、誰かのやり方をやめてもらう」ということです。ここには多少の痛みが伴います。長年のやり方を変えるのは、誰だって嫌なものです。
だからこそ、最後は経営者やリーダーが「うちはこのやり方でいく」と決める必要があります。標準化がツールの問題ではなく、経営の問題だと言われるのはこのためです。逆にいえば、ここさえ決めてしまえば、システム選びは後からついてきます。
「うちは特殊だから」という言葉について
標準化の話をすると、必ずと言っていいほど出てくる言葉があります。
「うちの業界は特殊だから」「うちの会社のやり方は独特だから」
お気持ちはよくわかります。そして実際、どの会社にもその会社ならではの事情や強みがあります。ただ、冷静に業務を分解してみると、「注文を受ける」「商品を手配する」「請求する」「入金を確認する」といった仕事の骨組みは、多くの会社で共通しています。特殊なのは全体の一部であることがほとんどです。
大切なのは、「共通の部分」と「本当に特殊な部分」を切り分けることです。共通の部分は世の中の標準的なやり方に寄せてしまい、浮いた時間と力を、本当に特殊な部分——つまり自社の強みの部分——に注ぐ。これが賢いやり方だと思います。
こだわるべきは「自社らしい価値の出し方」であって、「請求書の独自すぎる作り方」ではないはずです。
おわりに:道具より先に、やり方をそろえる
まとめます。
- IT化がうまくいかない原因の多くは、システムそのものではなく、その手前の「仕事のやり方がバラバラ」なことにある
- コンピュータは融通が利かないので、やり方がそろっていないとシステムは機能しない
- だから、IT化の第一歩は「標準化」——同じ仕事のやり方を一つに決めること
- 標準化は、業務の棚卸し → 例外を減らす → 決める、の順で進める
「IT化とは標準化である」という言葉は、裏を返せば、標準化さえできていれば、IT化の半分以上は終わっているということでもあります。
もし今、「そろそろうちもITを」とお考えでしたら、システムのカタログを開く前に、一度、社内の仕事のやり方を書き出してみることをおすすめします。パソコンもソフトもいらない、紙とペンでできる作業ですが、これこそが一番効果のあるIT投資の第一歩かもしれません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ミタスサポート事務所代表。富山県で中小企業向けに経営とIT支援を行っています。
中小企業診断士/ITストラテジスト/情報処理安全確保支援士。
確かな知識と実務経験を元に、役立つ情報を随時発信中。
小さな事業者向けに小回りの利くITサービスやサイバーセキュリティ対策に力を注いでいます。

