新しい取り組みを始めるとき、多くの人は「どうすれば成功するか」「どうやって成果を出すか」に意識が向きます。これは経営においても同じです。新規事業、新サービス、新しい取り組みを考える際、前向きな計画を立てることは欠かせません。
一方で、始める前に必ず考えておきたい重要な視点があります。それが「撤退基準を決めること」です。これは後ろ向きな考えではなく、経営判断を安定させるための準備と言えます。
撤退基準とは経営判断のルール
撤退基準とは、「どのような状態になったら、その取り組みを中止または見直すか」を事前に決めておく判断ルールです。経営では、時間・人手・資金といった限られた資源をどこに配分するかが常に問われます。
何かを始めるということは、同時に「他の選択肢を選ばない」という決断でもあります。そのため、うまくいっていない取り組みに資源を使い続けることは、見えにくい損失を生みます。
冷静に基準を決められるのは「始める前」だけ
特に強調したいのは、撤退基準は始める前でないと冷静に決められないという点です。実行に移した後は、どうしても感情や期待が入り込みます。
「ここまで投資したのだから」
「今やめたら無駄になる」
「もう少し様子を見れば改善するかもしれない」
こうした考えは自然ですが、経営判断を曇らせる原因にもなります。始める前であれば、成果への執着がまだ小さく、比較的客観的に条件を設定できます。このタイミングで基準を決めておくことが重要です。
一般的な具体例で考える
例えば、小規模な新規事業や新サービスを試すケースを考えてみます。最初は大きな投資をせず、テスト的に始めることも多いでしょう。
このとき、
「開始から六か月経過しても、月次の売上が〇円に達しない場合は中止する」
「担当者が確保できず、運営工数が想定の〇倍を超えた場合は見直す」
といった撤退基準を決めておきます。
これにより、「頑張れば何とかなる」という感覚ではなく、事実に基づいて判断ができます。経営においては、この切り替えが非常に重要です。
撤退は経営の失敗ではない
撤退という言葉には、どうしてもネガティブな印象があります。しかし、経営における撤退は失敗ではなく、資源配分の見直しです。
想定と違った結果が出たのであれば、「今はやるべきではなかった」「別の方法が合っている」と判断できた、という成果があります。早く判断できた分、次の選択肢に資源を回すことができます。
撤退基準は感情ではなく数値で決める
撤退基準を決める際のポイントは、感情ではなく事実で判断できる形にすることです。「手応えがなければやめる」「やる気が続かなければ中止する」といった表現では、判断がぶれます。
期間、回数、売上、工数、利益など、できるだけ測定できる指標を使うことが望ましいです。数値化が難しい場合でも、「〇か月後に具体的な成果物が出ていなければ中止する」といった形で基準を作れます。
基準は見直してもよいが、タイミングが重要
撤退基準は一度決めたら絶対というものではありません。前提条件が大きく変わった場合は、見直すこともあります。ただし、それは事前に決めた振り返りの場で行うことが重要です。
うまくいかなくなった瞬間に基準を緩めてしまうと、判断が先送りされ続けます。これは経営においてよくあるリスクです。
おわりに
新しい取り組みを始めること自体は、前向きで価値のある行動です。ただし、経営においては「続ける判断」だけでなく、「やめる判断」も同じくらい重要です。
始める前に撤退基準を決めておくことは、経営判断を冷静に保つための仕組みと言えます。限られた資源を有効に使い続けるためにも、新しいことに挑戦する際は、「どこまでやるか」だけでなく「どこで区切るか」も合わせて考えてみてください。

中小企業診断士/ITストラテジスト/情報処理安全確保支援士。
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